262)★日本語(文法)ものがたり27「すこやかにお過ごしください」

              

 NHKのラジオ放送に「深夜便」という番組がある。夜の11時5分から翌日の午前5時まで1人のアナウンサーがMCを担当し、対談あり、音楽あり、落語あり、朗読ありsめの、夜眠れない人達や、夜中にふと目覚めた高齢者などに憩いや楽しみや情報を流してくれる。

 歴史ある、品位ある番組で、常に心地よい声で、心地よい日本語を聞かせてくれる。

2週間ごとに毎日アナウンサーが変わる。元アナウンサーが多いが、若い現役アナウンサーも混じっている。スポーツ実況を担当してきた人もおれば、音楽に強い人も、美術・芸術専門だった人もいる。

 

          

 

 11時5分の「こんばんは」から始まって、翌日の5時前には各アナウンサーはお別れのことばと挨拶を述べる。それは、例えば、「温かくしてお過ごしください」であったり、「何か一つでも笑顔になれるいい一日をお過ごしください」「又、次回お会いしましょう」であったりする。その中で、Sアナウンサーはいつも、「すこやかにお過ごしください」と言って終わる。

 「すこやかに」は漢字で書けば「健やかに」になる。この「すこやかに/健やかにお過ごしください」が私にはどうもしっくり来ないのである。(ここでは平仮名で表す)

 

 「すこやかにお過ごしください」は、別の言い方をすれば、「お元気でお過ごしください」「お身体を大切にしてください」「ご健康をお祈りしています」ほどの意味であろう。

   

 

 インターネットを調べると、「すこやかにお過ごしください」がかなり取り上げられている。説明の代表的なものは、「「すこやかにお過ごしください」は、感謝や思いやりを表現する美しいことばの一つです」とある。(ビジネス用語ナビ)

三省堂の『例解国語辞典』でも、「すこやか」の文例として、「どうかおすこやかにお過ごしください」が挙げられている。

国語辞書に取り上げられているのだから、たぶん「おすこやかにお過ごしください」は適切な文なのであろう。

 

 女性の知人3人に「すこやかにお過ごしください」という言い方が自然か否かを聞いてみた。(「おすこやかに」ではなく、「すこやかに」である) 彼女たちはシニアで、日本語学や日本語教育とは関係のない人達である。

 

Aさん:相手を敬う時に使うので、おかしくないと思う。

Bさん:おかしいとは思わないが、相手に対して言うのだと思うので、(自分なら) 「おすこやかに~」と、「お」を付けると思う。

Cさん:私はあまり使わない。丁寧な使い方になってしまって、使いにくい感じがする。

 Bさんの言う、「a.すこやかにお過ごしください」と「b.おすこやかにお過ごしください」を比べると、bには「すこやかに」に丁寧を表す「お」が付いて、aより丁寧になっている。aがしっくりこない私には、より丁寧になったbのほうがより自然に感じられる。

(ただし、「おすこやかに」と「お過ごし」両方に「お」が付いているので、丁寧過ぎる二重敬語だという意見もある。)

 

 彼女たちの意見・感想をまとめると、「すこやかにお過ごしください」には、特に違和感はないが、自分達は使わないということになろうか。

 

 ここで私が違和感を持つ理由を考えてみたいと思う。少し文法的になるがお許しいただきたい。

 

 まず「すこやか」という語であるが、「すこやか」は「すこ」に接尾語の「やか」が付いた形容動詞語になっている。他にも次のようなものがある。

 

 はなやか、あでやか、こまやか、はれやか、さわやか、ささやか、のびやか、なごやか、しめやか、きらびやか、おだやか、にこやか・・・

 

          

              あでやか

          

              さわやか

 

         

              なごやか


         

              のびやか 

             

          

              しめやか

               

              きらびやか

 

 『日本国語大辞典』(小学館)は「やか」を次のように説明している。

 

「やか」(接尾)は名詞・形容詞の語幹、擬声語など、状態を表す語について、形容動詞語幹を構成する。それ自体ではないがそれに近いこと、その状態そのままではないがそれに近い状態であることを表すいかにも・・・である感じがするさま

 

 私が考えるのは、「やか」の付いた形容動詞(ブログ208参照。「な形容詞=形容動詞」は、第一義的に「いかにもそのようである」という、そのものの持つ状態を表す形容詞であり、状態描写に使われるのが最も適しているのではないかということである。

例えば、「子供はすこやかに育っている」「すこやか に新春をお迎えのこととお慶び申し上げます」「避難している子どものすこやかな成長を願う」「すこやかな1年になりますように」などで、ここでも「すこやか」は、「(いかにも)そういう状態で」という状態に焦点が当たっている。

 

 他の例に「にこやか」という言い方があるが、例えば写真店に行って写真を撮ってもらうとする。写真を撮るカメラマンは、緊張しているお客さんに「にこっと笑ってください」「にっこりとして」とは言うかもしれないが、「にこやかにしてください」とは言わないだろう。もしそう言われたら、どういう表情をしたらいいか戸惑ってしまうだろう。

 つまり、「やか」の付いた「にこやか」は状態を描写する語で、指示や依頼を表す「~てください」とは結び付きにくいからである。

         

 「すこやかにお過ごしください」より「どうか/どうぞすこやかにお過ごしくださいますように」のほうが自然に感じられるのも、「すこやか」は、本来文章語なので、話し言葉の「~てください」のような表現とは結び付きにくいということもあるが、同時に「すこやか」が「いかにもそういう状態である」という状態を表す語なので、「過ごしてください」のように依頼・指示の強い言い方より、「どうか/どうぞ~くださいますように」のようなゆるやかな言い方のほうが合うのではないかと考えられる。   

        

 以上が私が、深夜便アナウンサーの「すこやかにお過ごしください」に違和感を感じる理由であるが、皆さんはいかがでしょうか?

 

 「すこやかにお過ごしください」は、せめて、「すこやかにお過ごしくださいますように」「どうぞすこやかな一日をお過ごしください」と言っていただけないだろうか?(「すこやかな一日」にすると、どんな一日であるか(どんな状態であるか)という意味合いが出てきて、より自然な感じになるように思われる。