257)★日本語(文法)ものがたり26★「指示語こ・そ・あ」と「その世」


           

 

皆さん、こんにちは。

 突然ですが、次の会話1~3に出てくる「これ(このりんご)」「それ(そのりんご)」「あれ(あのりんご)」は今どこにあるか考えてください。

話し手の女の子の名前は「スミレさん」、男の名前は「壮太君」です。

 

 1.これ(このりんご)はおいしいよ。

          

 2.それ(そのりんご)はおいしい?

         

 3.あれ(あのりんご)はおいしいかしら?

 

       

 

 1では、「りんご」は話し手の「すみれちゃん」が持っています。

2で「りんご」は「すみれちゃん」の手を離れ、聞き手の「壮太君」に移っています。3では、「りんご」は「すみれちゃん」「壮太君」両方の手を離れ、2人から遠いところにあります。

 

 この「これ・それ・あれ」「この~・その~・あの~」などは、文法では指示語・指示詞とか、「こ・そ・あ」と呼ばれ、「物・人・こと」を指し示す働きがあります。

 

「こ・そ・あ」は、基本的には、そのものが話し手側に属する(話し手の領域にある)か、聞き手側に属する(聞き手の領域にある)か、両方から離れているかによって、使い分けられます。

         

 

 では、ちょっと話が変わりますが、皆さん、「この世」「その世」「あの世」はどうですか。

 

 はい、そうです。今皆さんが住んでいる「この世」、そして、ご先祖様が住んでいる「あの世」です。           

 

          


 皆さんは「この世・あの世」は聞いたことはあるが、「その世」は聞いたことがない、「その世」なんて言葉はないと思われるのではありませんか?

「この世」は我々(話し手)が住んでいる、我々の領域にある世界、「あの世」は話し手からも聞き手からも遠い世界、例えば「死の世界」になりますね。

では、「その世」とは?

 

ところが、詩人谷川俊太郎が次のような詩を作っているのです。

彼は詩の中で「その世」という言葉を用い、それが小さな議論を引き起こしているようです。(『その世とこの世』2023/11/23 谷川俊太郎ブレイディみかこ (対談・共著))

          

 

ひとまず谷川氏の詩を紹介します。

 

   その世

この世とあの世のあわいに 

その世はある

騒々しいこの世と違って

その世は静かだが

 

あの世の沈黙に

与していない

風音や波音

雨音や密かな睦言(むつごと)

 

そして音楽が

この星の大気に恵まれて

耳を受胎し

その世を統(す)べている

 

とどまることができない 

その世の束の間に

人はこの世を忘れ

知らないあの世を懐かしむ

 

この世の記憶が

木霊(こだま)のようにかすかに残るそこで

ヒトは見ない触らない ただ

聴くだけ

 

 対談相手のブレイディみかこさんは、「その世」をsomewhere betweenと訳しています。今住んでいる「この世」ではなく、また人が死んだら行く「あの世」でもない、「この世」と「あの世」の間に「その世」があると谷川さんは考えているようです。

 「その世」はどこにあるのか?「その世」は簡単には説明できないけれども、「詩」がいる場所は「その世」だという。

 

 歎異抄の「浄土」というのはどこを指すか?「この世」でも「あの世」でもない世。「この世」と「あの世」の中間にある想像の世界・・・。

 

         

 非常に難しくて、私には説明ができないのですが、「詩の世界」「想像の世界」「空想の世界」「夢の世界」とでも言えばいいのでしょうか。

 

 では、「何かに夢中になっている世界」「自分を忘れている世界」も「その世」になるのでしょうか?

 

 日本語としては「指示語こ・そ・あ」を使った「その世」という言葉は使われないけれど、しかし、詩人は「その世」があると考えている。そんなところに興味を持って、今回「日本語ものがたり」に取り上げた次第です。