175)動物の写真を撮るということ

 日本にはたくさんの有名な写真家がいる。女性を美しく撮る篠山紀信立木義浩。景色の中の列車を撮る中井精也、猫を撮り続ける岩合光昭、その他、戦場カメラマン、沖縄写真家、山岳カメラマンなど。

 写真を撮ることを一生の仕事と考えている人達は、自身のことを「表現者」と考えている人が多い。俳優、画家、小説家、音楽家、いや、芸術に携わる人々は表現することに命をかける。

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 若手の写真家川村喜一さんもその一人だ。東京生まれの東京育ち、32歳。東京芸術大学大学院を修了後、5年前に北海道の知床に移住した。免許を取得して狩猟も行っている。

 彼の話を聞いていて、私には分からないことがいくつかあった。

 

「なぜ彼は気候の厳しい知床に移住したか?」

「なぜ野生の動物の目線に立って写真を撮ろうとするのか?」

一方で、「なぜ野生の動物を撃ち殺すのか?」

「そして、なぜそれを食するのか?

 

 彼は知床を旅したときの動物との出会いを語る。

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「道東めがけて運転していたが、ヘッドライトだけの闇の中に、たまに動物の目が光る。その視線が強烈で、それがすごく怖いというか、得体の知れない何かが、闇の中、森の奥に住んでこっちを見つめ返してくる世界があるということに、すごく引っかかって、そのことを知りたいと思った。」

「人間本位で扱うことのできない、そういう世界とちゃんと向き合ってみたいなあというようなことを思ったんだと思います。」

 

 彼は今の若者風に、「~というか」「~とか」「~みないな」などの婉曲な言い方が多いし、自分のことなのに「~を思ったんだと思います」のような、一見他人ごとのような言い方もする。

しかし、人を傷つけない、自分を主張しすぎない謙虚さと優しさがインタビューから伝わってくる。

 

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 彼はガードレールに顔を載せて、こちらを見つめているヒグマの写真も撮っている。(写真集(「UPASKUMA -アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし」etc.)

 

「ここに暮らしている生き物とか時間の流れとかに従いながら、自然発生的に生まれたものの肌触りとか質感とかいうものを、写真の中に閉じ込めたいなあというふうには思ってます。」

「最初ガードレールの手前に座り込んで、笹を食べていた、パンダみたいに。しばらくして、なぜかガードレールの上にあごを載せて、さらにこっちを見つめ返してくるんですよね。」

 

「もちろん野生動物ですし、感情移入したり擬人化したりして、ひぐまの感情を読み取るようなことはしてはいけないし、できないんですけど、野生動物というくくりだけではくくれない、ヒグマなりの意図・意志・思考のようなものを感じました。」

「僕は僕なりに一つの視座として世界を見てるんですけど、いろんな多様な生き物それぞれに視座があって、いろんな複雑な関係性の中で、自分も暮らしているという感覚はあります。」

 

 川村さんは、「なぜ野生の動物を撃ち殺すのか?」「なぜそれを食するのか?」については、次のように答えている。

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「東京の暮らしの中では動物が全く無縁のものであったので、もっと知りたいという思いから狩猟を始めました。都会では自分が食べている物がどこから来てどうなっているのかということが、なかなか感じられない。そういう命について、自分の手で触れてみることが大事なんじゃないかなあという思いもあって、始めたんですね。」

 

 「川村さんの写真の中にはご自身が撃ったシカの心臓を手に載せた写真がありますねえ。」というインタビュアーの問いかけに対しては、

「撃って、しとめてはじめて、触ったりとか食べたりとか、身体的な関係が始まるものだと思うのです。捌いて内臓を取り出した時は、動物の体温が一気に冬の寒空に拡散する・・・。

私の手は熱さを感じて、その時こそ、そこで生きてきた動物の強さとか温かみを感じられる瞬間なんです。」

「雪の上で解体して、切り分けて、ザックに詰められるだけ、自分が背負えるだけのものを積んで、日の暮れた中をハアハア言いながら帰っていく。狩猟は冬にやることが多いので、外は寒くて、自分が吐く息も含めて、命の持っている熱っていうのをすごく感じるんですよね・・・。」

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 川村さんへのインタビューはまだ続く。野生動物の写真を撮るということについて、彼は「彼らとともに生きること、一体化することではじめて、本当の写真が撮れる」と考えているのだと思った。それが「一人の表現者として、命をかけて写真を撮る」ということなのだと彼は言っているのだろうと、私は思った。