あの苦み走った顔には、「名渋俳優 山崎努」という呼び方がふさわしい。
NHK BSで、「黒澤明の映画はこう作られた~証言・秘蔵資料からよみがえる巨匠の制作現場~」が再放送された。
国際的に名高い、映画監督黒澤明の独特の撮影方法や、知られざる苦悩を描いたものであるが、後半に山崎努氏のインタビューシーンがあった。
彼は風貌自体がそうだが、いつも苦み走った、しかめ面の顔をしている。話しかけにくい、怖そうな俳優さんである。
山崎氏はインタビューが苦手で、今まで受たことがあまりない。今回が初めてのようなことを言っていた。次は、彼が話した中で、私が印象的に覚えている部分である。
映画『天国と地獄』(制作1963年)のオーディションがあって、山崎も受けろということで、受けた。そこで黒沢監督から映画の内容、役どころの説明があった。
黒沢監督から「どうですか」という質問があり、自分は「難しい役で、できない」と答えた。
その時の監督の話がおもしろい。
「映画は、自動販売機にお金を入れてジュースが出てくるという簡単なものではない。映画を作るためには、さまざまな大変なことがある。それをいろいろな人達と、いっしょに考え乗り越えていくところにおもしろさがあるんだ」
その話が説得力があったのだろうか、山崎氏はオーディションを受け、25歳で犯人役をやり、成功をおさめていく。
山崎氏の黒沢監督についての話も印象的であった。
「僕は俳優なのに、人の目を見て話すことができないんですよ。自意識過剰というか・・・。
黒沢さんは黒メガネをかけてますね。こちらから目が見えない。
あるとき黒沢さんが黒メガネを外したんですよ。その目が細くて、すごく優しい目だったんですよ。笑っているというか、あったかい目なんですよ」
そして、最後に彼は言った。
「ぼくはこんなふうにインタビューすることは苦手なんですよ。今回はインタビューを受けたけれど、これでおしまい。もう受けることはない」
彼の自意識過剰、はにかみ屋、人と接するのが苦手というような性格が、彼の表情や性格の渋さや凄みを作り出したのだろうか。
ほぼ同期の俳優に「緒方拳」がいる。彼は辰巳竜太郎・島田省吾率いる「新国劇」出身だが、渋さでは山崎努に劣らない。
インターネットでは山崎努氏を「生きている」「死亡」「死去」「訃報」などで調べている人が多いという。(私もなぜかその1人で、ウィキペディアを見て誤りに気がついた。)
山崎氏はもちろんご存命だが、「山崎さんと故緒形拳さんが似ている」ため、多くの人が2人を勘違いしているのではないかと思われている。2人の雰囲気が似ていることと、山崎氏が映画「お葬式」や「おくりびと」など、葬儀に関係する映画に出演していることなどで、もう亡くなっていると思われてしまうのではないかという。
ふと現在生きている俳優陣を眺めたとき、山崎努氏や故緒形拳氏に匹敵する、渋い、苦みの効いた俳優は誰だろうかと思った。
国村隼(くにむらじゅん)? 松重豊(まつしげゆたか)? 2人とも渋い俳優さんだ。でも、彼らは主役級よりは少し落ちる。西田敏行? 彼に山崎努氏のような渋みはない。
若手では、香川照之、堺雅人? 香川照之は自己の路線を持っているという点では有望株だ。堺雅人は甘すぎる。
エンターテイメントも大事だけれど、色事とは全く切り離された、渋い、ガチガチの、苦み切った個性俳優が、生まれ、育ち、ずっと残っていってほしいと思う。