95)蜘蛛の採集

このところめっきり寒くなってきた。暦は10月も半ば。この原稿は7月ごろに書いたものだが、今頃公開することになってしまった。季節外れをお許しください。

 

5月、6月はミミズが玄関先に、また、道路に徘徊していた。ほとんどは干からびかけているのだけれど、死んでいるのではなく、ちょっと触るとにょろにょろと動き出す。土の温度が高くなると、土の中におられなくて地表に出てくるのだろうか。地表に出て来ても、日陰とか草むらに向かおうとするのでなく、乾いたコンクリートのほうにばかり向かう。

次の日にはたいてい近くで干からびて動けなくなっているところを見ると、ミミズは自分の寿命を知って、寿命を全うするために出てきたのだとしか考えられない。

6月になると蜘蛛が活発化する。夕方蜘蛛の巣の糸を払っておいたのに、朝にはまた糸がかかっている。朝、新聞を取りに、玄関からポストに行くまでに何度も顔にくもの糸が引っ掛かった。近所の生け垣にも蜘蛛の巣が張り巡らされている。あれだけの円形の渦をよく作ると感心する。

この近くで見かける蜘蛛はたいていお腹が黄色と黒の縞々で、お腹が1センチ、全体で2センチくらいの小型だ。スマホで調べてみると、ジョロウグモコガネグモのようだ。

蜘蛛については小学校の夏の課題作品を思い出す。小学4年の夏休み、植物でも昆虫でも何でもいいから採集をして、提出をするように言われた。私は活発で、頭の働く子供だったが、考えた末に「そうだ、蜘蛛の採集をしよう」と決心した。次の週田舎へ行くので、そこで田舎のおじさんに蜘蛛をたくさん捕ってもらおうと考えたのだ。田舎は京都であったが、父の兄が農家をしながら跡を継いでいる。年に1,2度お邪魔して、田舎暮らしを楽しむ。夕方になると蛍が井戸の周りに集まり、光を放ちながら飛び交っている。年上のいとこが、ガラスコップに冷たい井戸の水を汲んでくれる。中には砂糖が入っていて甘くて冷たい、絶品の飲み物になる。

おじさんが家の周りを飛び回っていた鶏の一羽を捕らえて、絞める。新鮮な鶏肉が水炊きだったか、すき焼きだったかの主品になる。鶏肉は、今みたいに味が大味ではなく、しっかりしたうま味のある味をしていたように思う。

おじさんに蜘蛛の採集の話をした。おじさんは「え~っ、くも? なんで蜘蛛なんか!」と驚いていた、いや、しょうがないなあという顔をしていたが、それ以上は何も言わず、家のそばの茂みで、また、散歩道の林で、どんどん蜘蛛をとってくれた。田舎の蜘蛛は大きく、お腹が2センチくらいあった。やはり黄色と黒の縞々が多く、手足も長いので全体にすれば5センチはあっただろう。

5センチ以上の蜘蛛が10匹はいただろう。箱の中に入れて、しかし、私はどうしていいかもわからず、夏休みが終わるまで机の下に置いて、そのままにしていた。

2学期が始まる前に箱を開けてみた。蜘蛛はちぢこまって、全部死んでいた。足をあちらこちらに向けて折り曲げ、硬くなっていた。ちょっと触ると足がすぐに折れた。

黄色と黒の鮮やかな縞模様は、採集したときと比べると、鮮やかさが薄れていた。

私は一匹一匹虫ピンで箱に止めた。色のくすんだ、頭や足の向きがてんでバラバラの蜘蛛が並んでいた。

担任の先生は女性の先生だったが、気持ち悪そうに箱の中を覗いていた。しばらくして採集箱が返された。箱の上にBという点数が付いていた。あんな汚い蜘蛛の採集がBであったのはちょっとだけ嬉しかった。きっと先生は、人の気味悪がる蜘蛛の採集をした勇気(蛮勇?)に対して、「ごくろうさま」とBを付けてくれたにちがいない。

今考えると、昆虫採集の何たるかも勉強せずに何匹もの蜘蛛を殺してしまった。蜘蛛の色を生かす方法もあるのに、人に尋ねるのでもなく、ただ蜘蛛を殺して、箱に詰めて、蜘蛛採集をしたと思っていた自分を、少し後悔の念を込めて、思い出す。