94)留守電とオレオレ詐欺

 オレオレ詐欺を防ぐために、我が家の固定電話を留守番電話に設定してから、もう2,3年になる。慣れたと言えば慣れたが、固定電話の呼び出し音が家中に響くのは、あまり気持ちのいいものではない。電話は「緊急」という側面を持つため、留守電にしていても音が鳴ると仕事の手が止まり、じっと電話を見つめてしまう。

 留守電にしてから電話の数は減ったが、午前10時過ぎ、午後1時過ぎ、夕方4時半ごろ、そしてたまに、夜8時ごろの計4回、どこからか電話がかってくる。そのうちの99%は、留守電になっていると分かると、ぷつんと切れてしまう。メッセージを残すことはほとんどない。

 夕方や夜にかかってくるのは、たぶん外出先から戻って来る時間帯を見計らっているのだろう。昼ご飯の時間帯の電話はたぶん主婦を狙っているのだろうと想像する。

 

 留守電にしていなかったころに引っかかった電話は2回ある。1回は夫が仕事でまだ帰っていない夕方に、「ご主人の大学時代の友人です」というものだった。声は若々しく明るく、電話に出た私は露ほども疑わなかった。彼が自分の奥さんに子供ができて今妊娠中だというところから、話が少し変になっていった。妻が、お腹が痛いと言って・・というようなことを言って話が少しずつ下の話になっていく。おなかを撫でてやって、お腹が硬くなって、などと言う。私はそういうエッチ電話のことを知らなかったので、本気で彼の話を聞き、「大変ですね」「私も長男のときは・・・」などと喋っていた。私自身は夫の友人の奥さんの妊娠の話だから、力になれることがあればというような気持だった。

 そうこうして午後8時ごろになったとき、玄関から夫の声が聞こえた。私は、「ああ、夫が帰ってきましたから、お電話代わります」と言った。すると、電話の男性は慌てたような感じで、「いえいえ、今ちょっと急に連絡が入って、すぐ行かなければならないので」とかなんとか言って、夫と話すことを渋る。私は、「いえいえ、どうぞどうぞ、今まで長い時間待っていただいたのですから、ちょっとでもいいのでお話しください」などと勧める。彼は、「いやいやいや・・・」などと言って、ついには電話を切ってしまった。私はまだ彼の意図が分からない。

夫の顔を見て、「今まであなたの大学時代の友達という方と話していたのよ。奥さんが妊娠されて、大変で・・・」

私の話をさえぎって夫は言った。

「それは友人なんかじゃない。いたずら電話だ。」

「え~っ、そんなことないよ。あなたが帰るのを待ってたのよ」

「その証拠に名前は言わなかったんだろう!」

 私はどこまでも信じ込んでいた。しばらく経って、「そう言えば、変な話しかしなかったな」ということが分かってきた。

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  引っかかった電話のもう一つは、夫が出た電話だった。

 

「きのうどっか行ってた? 電話したんだけど、いなかったから」

 

 夫は私なんかより慎重で落ち着いた人間である。その夫が騙されてしまった。

「おお、正夫? それは悪かったな」と夫は言ってしまった。

相手は、「今日は時間がないので、明日電話する。明日になったらお盆に帰れるかどうか分かるから」と言って電話を切った。

 

 私達は電話が息子からだというのを疑いもしなかった。ところが夫が「正夫の声と違う気がする、いや、やっぱり正夫かな?」と言い出した。

 私はずっと夫のそばにいたので、「念のために正夫に電話してみよう」と言って、正夫の携帯に電話をした。携帯に出た正夫は、家のほうには電話していないと言った。それはオレオレ詐欺だよと言った。

 相手は電話で「オレだよ」とは言わなかった。いきなり「きのうどっか行ってた? 電話したんだけど」と切り出した。

 私達はそれに完全に引っかかってしまったのだ。疑うより、息子がせっかく電話してくれたのに、電話に出られなくて悪かったなと思ってしまった。

 

 次の日の同じ時間帯に、きのうの男からの電話があった。

 男はゆうべと変わらぬ明るい、好青年の声で、「お盆の日程が決まったから」と言った。電話に出た私は、非常に冷静に「あなたは息子じゃないでしょ。きのう息子に電話したら、電話なんかしていないと言ってましたよ!」と告げた。静かに話すつもりだったが、だんだんきつい言い方になっていた。話の途中で、男は電話を切った。

 

 老人達をだまそうと狙っている人達がいる以上、こちらも何らかの対策をとる必要がある。固定電話を留守電にしておくというのは、せっかく電話してくださった知人や友人には申し訳ない気もするが、本当に用事があるなら留守電メッセージを入れていただけると信じて、ひとまずはこの留守電対策を続けていきたいと思っている。