我が住宅団地は某ローカル線のT駅につながっていて、団地からT駅へは自動車道路があり、行き止まりがロータリーになっている。10数年前までは都心に仕事に行く夫を送るために、朝早くから多くの奥さんが車を運転してそのロータリーまで行き、ロータリーの行き止まりで夫を車から降ろす光景が見られた。
団地からは少し坂道になっていて、車では何でもないが、通学のために自転車で行く高校生や大学生には、その坂道がかなり苦しい。
久しぶりにロータリーを散歩してみた。朝6時ごろだったが、7,8人の散歩者に出会った。夫婦連れもいるし、男性だけ、女性だけもいる。犬の散歩をしている人もいた。左右の、一億円とも言われた家が建ったころと比べて、やや雑草が目立った。あのころは家がピカピカであったし、植栽も整っていて、整然としていた。今は、整然とはしているが、場所によっては雑草が長く伸びている。落ち葉が掃除されずに積み上がっているところもある。
人の生活が続いているのだから、きれいごとばかりではないだろう。
あのころは我が家の息子も、このロータリーを利用して高校に通っていた。
ある日の夕方、息子が困ったような顔をして家に帰ってきた。開口一番、
「お母さん、ロータリーに止めておいた自転車がなくなってる」
と言った。ロータリーの行き止まりは自転者置き場にもなっていて、息子も毎朝そこに自転車を止めておく。無料の駐輪場で、よく自転車が盗まれるという噂があった。
私と息子は駐輪場へ急いだ。
「どこに置いたの」
「ここ」
私はもしやと思って、聞いた。
「自転車には鍵をかけておいたんでしょうね?」
息子は照れくさそうに、
「ううん、かけてない」
電車がすぐ来るので鍵をかける時間がなく、鍵をかけずに放っておいたという。
まあ、なんていうこと!
「鍵かけなかったら、盗られるのは当たり前でしょう!」
私は息子を叱ったが、叱っても自転車は戻ってこない。仕方なく帰宅した。
しばらくは自転車を買ってやらなかった。自分が鍵をかけなかったんだから、罰として当分は自分で何とかしなさい!!
息子は次の日から、少し早く起きて、でも、いつも通りぎりぎりに家を出た。ロータリーまでテクテク歩いたのか走ったのかよく知らないが、自転車なしの期間がしばらく過ぎていった。
何か月かして自宅に一本の電話がかかってきた。
「〇〇さんですか? お宅の自転車がうちの畑に転がってますよ」
「自転車に電話番号と名前が書いてあったから電話してみたんです」ということであった。
その畑は、T駅から2キロほど向こうにあった。菓子箱を整え、電話をくれた人のお宅に伺った。
自転車は何日か前から置かれていたとのこと。自転車は泥で汚れていたが、他の部分はどこも痛んでいなかった。鍵は付いたままだった。
頭を何度も下げて、お礼を言って家に戻ってきた。
久しぶりにロータリーを散歩して、自転車紛失のことを思い出した。息子は今は就職して大阪に住んでいる。結婚もしている。
息子が高校生時代のことを思い出しながら、散歩の帰路についた。