100)孫娘と私

このブログの更新も100を迎えた。これを記念して、孫娘の幼少のころの思い出をしたためてみよう。4,5歳ころはしょっちゅう我が家に遊びに来ていて、その振舞いは祖父母(つまり私達)に至福のときを与えた。

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「はーッしーッるーッ のーかー、あ、違う、がーッ」

ひらがなを習い始めて一か月ほどすると、四歳のナナは自分から絵本を読み始めた。

読み始めたと言いうより、読もうとし始めた。

しかし、五十音が単音レベルでようやく読める程度なので、つながりのある文としてはなかなか読めない。次の字を思い出すのに時間がかかるから、一音が無意味に長くなる。声量を調節することができないから、一音を大声で怒鳴るように伸ばす。

 

「おーッそーッいー おーおーかーッみーッ がーッ いーッたーッ。」

 

みっともない読み方だが、ナナは決してやめようとしない。

私は飽きもせず文字を発し続ける孫を見ながら、「あ~、子供はこうやって読んでいくようになるんだなあ」と感慨にふけっていた。ひらがなの一字一字を、カードを使ったり、ホワイトボードやノートを使ったりして覚えさせたこの一か月を胸熱く思い出していた。

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5歳のナナが退屈そうにしている。

「ナナ、バーバの大事にしているお人形貸してあげるから、それで遊ぶ?」

私は小さいものが好きで、ガラスのうさぎや、張り子の豚、黒檀のゾウやライオンなどを大事にしていた。

ちょうどお土産にもらった、陶器で作った女の子の人形があった。全長四センチ程度で、白いエプロンと赤いスカートがかわいい。腰がくびれているので、ナナにはちょっと危ないかなと思ったが、言ってしまった手前出さないわけにはいかない。

 

「かわいいー、チョーかわいいー。」

「こわさないように気をつけてね。」

 

私は二、三の動物とともに箱入りの女の子を渡した。ナナは動物には見向きもせずに、女の子と遊び始めた。

私は少し離れたところでパソコンに向かっていたが、目の奥でナナの行動をとらえていた。

いろいろ話しかけてから、ナナは歌い出した。

 

「あるこ、あるこ、わたしはげんき・・・」

 

歌いながら、女の子の人形をこつこつとテーブルの上で動かしていた。

私はあっと思った。

そのとき人形はナナが持っていた腰のところでポキッと折れてしまった。

ナナがどうするのだろうとじっと目の奥で見ていた。

ナナは人形の割れたところを合わせてみたり、外してみたり、見つめていたりした。私のほうは見なかった。

しばらくしてから、ナナは人形を箱の中へおさめた。箱に入れて、ふたをして、そして他の動物たちのそばに置いた。ナナはそのあとじっとしていた。

しばらくして、ナナは私のそばに来た。でも、何も言わなかった。何もなかったように、いつものナナとして振舞っている。

私はこれ以上待てなかった。

 

「ナナ、さっきのお人形どうしたの?」

ナナは「箱の中に入れた」と言った。

「バーバ見てたんだけど、ナナ、あの人形をこわしたでしょう?」

 

ナナはしばらく黙っていたが、「うん」とうなずいた。

私はナナを椅子に座らせ、その真正面に座った。

私はできるだけ平静を装い、しかし、ドキドキしながら話しかけた。

 

「ナナ。ナナはヤーバが人形をこわしたことを悲しがってると思う? それとも、ナナが人形をこわして黙っていることを悲しがっていると思う?」

 

ナナは私の顔を見ていた。

ナナは言った。

「ナナが人形をこわして黙っていること。」

 

彼女は「ごめんなさい」と言って、廊下のほうに走っていった。

しばらく戻ってこなかった。戻ってきたときには、目元は真っ赤で、頬に涙が残っていた。

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