83)パーマ屋さんのOさん

 

O(オー)美容室は、子供のころから馴染んだ言い方「パーマ屋さん」がぴったりのお店だ。店主のOさんは今年80歳のベテランの美容師さんである。小柄な痩せたご婦人であるが、元気いっぱいの、常に動き回っている女性だ。

外国旅行が大好きで、なかなか休みが取れなくても、美容室休日の火曜日を挟んで年に2回は海外に行っている。たいていは仲間の美容師さんとのツワー旅行だ。旅行から帰ってくると、たくさんの写真を見せてくれる。旅行で買ったみやげの壁掛けや人形などを、店内にところせましと飾っている。

 

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「ウィーン合唱団の子供達と飛行機がいっしょだったのよ。すごく可愛くて、静かにちょこんと座っているって感じで」「日本のお菓子をあげたら、すごく嬉しそうに受け取ってくれた」など、私の髪をカットしながら、うれしそうに語ってくれる。

Oさんはおしゃべりが大好きで、もちろんお客さんを退屈にさせないように気を遣っているのだろうが、髪を手入れしている間、止まることなくしゃべり続けている。

気さくで明るいOさんだが、昔気質のところがあり、仕事には手を抜かない。カットは丁寧だし、洗髪もきちんとしている。客に対する対応や言葉遣いもとても丁寧である。

彼女は最近までステンドグラス作りを習っていた。外国の教会のステンドグラスには見事なものが多いが、いざ個人が作るとなると、かなり手間がかかるようだ。ベースになるガラス片には大小様々な形があり、色がある。まず自分の作りたい図柄や色を決めて、ガラス片を手に入れる。ガラス片は稽古場で販売しているようだが、ガラス片を自分で、機械を使ってカットしたり、形を整えたり加工しなければならない。そして、次にはガラス片同士を金属でくっ付けるハンダの作業もある。

作品は一枚のガラス板として完成させる場合もあるし、ランプシェードにしたり球形や何角形かの立体物にする場合もある。

彼女のステンドガラスの作品が何点も店内に飾られている。女の子や花や魚など可愛いものが多い。素人にはどれもが上手な出来で、立派に見える。

Oさんは80歳になって自動車の免許の返納を行った。それまではいつもオートバイで用を足していた。銀行の種々の手続きや、ステンドグラスなどのお稽古事に行くのもオートバイだった。事故が起きてはいけないと免許返納をしたらしいが、そのために自分の行動範囲が狭くなって、「急に年をとった気がする」と言っていた。「80歳になって、体に痛みが出てくることも多く、いつやめようかと考えている」と言ったこともある。

客が減ってきているのも、彼女に仕事をやめさせたくなる原因の一つである。彼女の住んでいる中小都市では町の中心の通りでも、店の立ち退きや新旧交代が目まぐるしい。きのうまであった人気のケーキ屋さんが急に移転したり、洒落たそば屋さんがつぶれたりする。つぶれた店のあとに来るのは、結局、学習塾か、美容室か、歯科医院である。

Oさんの美容室は開店のころはそこそこ客が来て、Oさんも見習の女の子を置いていたが、途中から少しずつ客が減っていって、Oさん一人で店の切り盛りをするようになった。

Oさんの美容室の通りにも、2軒美容室があるが、いずれも全面ガラス張りのモダンな作りで、スタッフは全員若く、中に男性スタッフがいるのが普通である。店の名前も、「イブ」とか「Fanny」など外国の名前が多い。

O美容室のように、日本語の名前で、日本風の造りで、美容師さんもおばあちゃん一人となると、よほどうまく宣伝やキャンペーンをしない限り、若い客は来ないのかもしれない。

美容室は客が来ても来なくても、夏になると冷房を、冬には暖房をつけて店内のコンディションを整えておく必要がある。電気をつけて店内を明るくしておく必要がある。それだけでも費用がかかる。客の人数と店の維持費を考えたとき、美容室を続けるかやめるか迷うところである。

美容室でも私の実家の近くの店では、客にコーヒーといっしょにかなり多めのお菓子を出す。パーマなどの値段もやや安めに設定してある。店内は決して高級とは言えないけれど、お菓子目当てなのかママさんの気さくさに惹かれてなのか、結構客は多い。そこでは昼間の美容室の収入だけではやっていけないのか、それとも客の要望なのか、夜はカラオケ喫茶をやっている。昼間の美容室の客がカラオケの客であったり、カラオケの客が美容室にも行ったりと、相乗効果もある。

Oさんはそんなことはしたくないらしい。今まで十分すぎるほど十分働いたので、そろそろ休みたいと思っているのかもしれない。私はお節介で、いろいろ入れ知恵をしたいのだけど、今のところは遠慮して黙っている。

Oさんと話していると、美容室のあり方とか、変遷とか、大変さとかが見えてきて、いろいろ考えさせられることが多い。

O美容室がなくなったら、私はどこの美容室へいけばいいんだろう。いつまでもOさんが現役でやってくれればいいのにと願うばかりである。