7)タイへの留学(2)

(タイ続きで・・・)

 タイで仕事とも留学ともつかないことをしているときに、一人の先輩から手紙が届いた。手紙には「建築家の友人にバンコクの寺を案内してやってほしい。」と書かれていた。そして、手紙の文末には「彼には奥さんがいるから、好きにならないように。」と付け加えてあった。

 ごく親しい先輩であったので、そのような冗談を書いてくるのだと思ったが、年頃の私には胸ときめかないことではなかった。

 幸いにその男性は自分のタイプではなかったので、適度の距離を置いて案内することができた。

 さすが建築家だけあって、一つの寺を訪ねたとき、彼はこんなことを言った。

 「この寺はのちに再建されたのではないかなあ。」

 私がきょとんとしていると彼は続けた。

 「この寺は門と本堂がずれている。門と本堂は通常はまっすぐにつながれて

  いるものだが、この寺はずれている。」 

 彼はうろうろ歩き回り、きょろきょろ見渡して、「この寺はあとで本堂を移動させたに違いない。」と断言した。最初は門と本堂がまっすぐつながれていたものが、何かの事情で本堂を少し移動する必要が起こり、本堂が門をつなぐ直線からずれたと彼は主張する。

 私は彼のてきぱきした動きや、静かで落ち着いた、しかし、歯切れのよい話し方にどこか深いものを感じた。やっぱり専門家なのだなあと感心する気持ちがあった。

 彼とはそれだけのつながりであった。その後たぶん食事ぐらいはいっしょにしたのだろうが、なぜか記憶がない。

 彼はそのままバンコクから日本へ帰っていった。

 しばらくして先輩からお礼の手紙が来た。

そこには「彼の面倒をみてくれてありがとう。彼が、女性一人で頑張っておられ、たくましさを感じたと言っていたよ。」と書かれていた。

 私は唇に笑みを浮かべた。

 「そう、私は女っぽく振舞ったのではなく、たくましく振舞ったのだからね。

  ご要望通りに・・・。」

 

 恋心とは遠い、何でもない思い出だが、今もふと懐かしく思い出すタイでの

1ページではある。