149)駅・空港ピアノ

 

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 BS放送を見ていると、駅や空港などにピアノが置いてあって、行きずりの人がピアノを弾いていくという光景が放映されることがある。

 駅・空港ピアノに挑戦する人は色々で、失職中の人もいれば、学生もいるし、ジャズバーなどで弾いている現役プレイヤーの人もいる。

 彼らは、独学でピアノが弾けるようになった人もいるし、何歳までかきちんとピアノを習った人もいる。音楽教師もいるし、単に趣味ながら、ずっと弾き続けている人もいる。

 「駅・空港ピアノ」では、たいていの場合は、1人1曲しか弾かない。見物客もほとんどいない場合が多い。気軽にやってきて、荷物をそばに置いて、気軽に弾いていく。曲は皆が知っている曲の場合もあるが、ショパンシューベルトのあまり馴染みのない曲を弾く人もいる。年齢もヒッピーのような若い人から、年寄りまでいる。どちらかというと男性が多いような気がする。

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 以上は外国の場合だが、日本でも最近空港にピアノが置かれたというニュースを伝えていた。日本人も気後れせずに弾き始めたようだ。音楽のすそ野が広がっている感じがする。

 

 日本の電気製品量販店には電子ピアノ売り場に、何台かのキーボードや電子ピアノが置いてあって、自由に弾けるようになっている。駅・空港ピアノとは違って、本来は購入する心づもりのある人の試し用に置かれている。

 あるとき、電子ピアノの売り場をうろうろしていたら、1人の女性が小さい子供を連れてやってきた。普通の若いママさんだが、しばらくすると彼女は1台の電子ピアノの前に座った。そして、子供に話しかけながら、ピアノを弾き出した。ショパン英雄ポロネーズであった。普通の主婦という感じの女性であったが、彼女のあまりの上手さに私はびっくりしてしまった。

「ああ、そうか、日本もこういう時代なんだ。ピアノのプロでなくても、ピアノをうまく弾ける人達が普通にいるのだ」と思った。

 

 一昔前、今のスマホやパソコンがブームになる前に、「卓上電子計算機(電卓)」がブームになったことがあった。電卓がどんどん小さく薄くなって、名刺型になったり、電卓を押すごとに音が出て、それが音階になる機種も出てきた。

 丁度そのころ、働き始めた息子が商用でドイツ人のビジネスマンに会う機会があった。その日の夜、息子が興奮気味で言った。

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「ドイツの人は、電卓で一曲音楽を弾いちゃうんだよ」

 

 その日出会ったドイツ人が、商談の途中で、電卓で「エーデルワイス」を楽々と弾いたと言う。彼はそれをこともなげにやってのけ、自慢するでもなく自然体で振舞っていたと言う。

 息子から話を聞いて、ドイツ人の音楽に対する文化度の高さに改めて感心させられた。

 

 息子は小学4年生まで、(母親に、つまり私に)いやいやピアノを習わされて、毎年いやいや発表会に出ていた。

 最後のころは息子を見てくださっていたピアノの先生が、わざわざ自宅まで来て、「息子さんはこのまま続けるのは無理なので、ピアノをやめさせたらどうか」とおっしゃったぐらいだった。

 あの日は暑い夏の日で、ピアノの先生が汗をかきながら、パラソルを広げて帰っていかれた姿を今もはっきり覚えている。その日が息子のピアノとの離別の日であった。

 

 その息子がうろ覚えながら唯一弾けるのが、「エリーゼのために」であった。営業マンとして外国人と接するようになって、接待の席上、うろ覚えの「エリーゼのために」を弾いたら、相手方の皆に絶賛されたという。

 成績優秀な営業マンは交渉力が命だが、かの国では、そうしたちょっとした音楽に対する教養や知識などが、高く評価されるようだ。

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