行きつけのスーパーでパック入りの豚肉を買った。ステーキ風に焼いてもいいし、パン粉を付けてカツにしてもいいと考えていた。夕食の準備をする段になって、そのパックをまじまじ見た時、「米国産豚ロース切身」と書かれているのに気がついた。
(「切身」「切り身」はどちらも使われるが、ここでは「切(り)身」を使う。)
「魚の切(り)身」とは言うが、「肉の切(り)身」は不自然ではないかというのが、私が抱いた疑問であった。「肉の切(り)身って言う?」
早速、日本語辞書に当たってみる。
精選版日本国語大辞典
魚肉や肉、くだものなどを適当な大きさに切ったもの。
(本辞典では「切(り)身」の全く異なる意味も載せていた。)
魚などを、適当な大きさに切ったもの。
一匹を幾切れかに切った魚の肉。かぞえ方:一切れ
例解新国語辞典
一匹のさかなをいくつかに切ったもの 句例:さけの切り身
岩波国語辞典
一匹の魚を幾つかに切ったもの 肉の断片
これらの国語辞書では、「切(り)身」は、「魚を切ったもの」のように「魚」に限定しているものと、「魚など」も含め、「肉」にも少し言及しているものとに分けられる。精選版日本国語大辞典では、「肉」「果物」まで取り上げている。
日本語の専門ではない、3人の女性に聞いてみた。( 262)で登場いただいた。)
Aさん:魚も肉も果物も、全て切り身でよいと思う。だが、肉はステーキ1枚とか、果物はりんご一切れとか言うと思う。
Bさん:切り身? 一見魚かな?と。果物は一切れ、肉は一枚、かたまりなら一切れ。
Cさん:ロース肉は1枚2枚。こま切れ肉は何g、果物は1切れ2(ふた)切れ、1個2個。肉やりんごには切り身とは言わない。
A~Cさんの意見をまとめると、「「切(り)身」は主として「魚」に使われる用語であり、仮に「肉」「果物」に使っても間違いではないが、少し落ち着かない。むしろ、1切れ2切れ、1枚2枚、1個2個などで呼ぶのが普通である」となろう。
では、「切(り)身」は、なぜ「魚」に使えるのに、「肉」には使えないか。
「魚の切(り)身」の反対語は「魚まるまる一匹」である。または、「切(り)身」は「全体」に対して「一部分」とも言える。
英語で言うなら a whole(全体)に対する a portion(部分)である。
では、「肉」の場合はどうか? いろいろな肉があるので、代表的な牛、豚、鶏について考えてみる。「牛まるまる一頭」と「牛一切れ」、「豚まるまる一頭」と「豚一切れ」、「鶏まるまる一羽」と「鶏一切れ」となるが、3例とも、全体と部分の対立が漠然となる。
魚の場合は、「まるまる魚1匹と切(り)身」となって全体と部分が対立的にとらえやすいが、牛や豚、鶏の場合は、部分といっても、どの部分、どの一切れを取り上げるのか分かりにくい。
むしろ、モモとかバラ、ロース、ヒレ、サーロインなどの部位を明確にして取り上げるほうが分かりやすいし、役に立つ。または、形状を詳しく表して、豚肉の「薄切り、厚切り、細(こま)切れ、切り落とし」、鶏なら「ムネ肉、ササミ、手羽元、手羽先、もも、皮」などと言ったほうが分かりやすい。
言葉は経済的にできている。使われにくいものには名前や呼び方は乏しく、使われやすいものに対して種々の名前や呼び方が付く。「切(り)身」が主に魚に使われるというのも、日本が元々は魚文化であるからであろうか。