264)尺八と琵琶の二刀流

 大谷翔平さんはピッチャーとバッターの二刀流だが、今日ご紹介する長洲与佳(ながすともか)さんは、琵琶と尺八をプロとして演奏する、邦楽の二刀流だ。

 対談のお相手は、狂言師大蔵基誠(おおくらもとなり)さん。(2023/11/20(日)NHKラジオ深夜便「にっぽんの音」より)

 

         

 

 

       

 

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 与佳さんは小さい時から、尺八などの和楽器に触れる機会はなかった。母親が小学校の先生で、そのころは音楽も教えていたが、授業ではレコードをかけて、「これが日本の音楽です」と言うぐらいだったという。

 一方で母親は、自分の子供達が大きくなって海外の人と話したり、自分の国のことを自分の言葉で伝えたりする時に、日本の伝統の音楽の生音を自分が演奏して子供達に伝えたいと思っていた。その取っかかりが尺八だった。

 祖父母の家を建て替えるために荷物を整理していたら、琵琶があった。ハイカラな明治後半生まれの祖父が茨城の地で琵琶を始めて、しかし、祖父も戦争の影響を受けて、師匠に琵琶を預けて戦争に行った。戦争から帰ってきて、祖父が師匠のところから琵琶を取りに行った。それがそのままずっと納戸に入っていて、与佳さんが小学4年の時に姿を現した。

 

大友:その琵琶は?

長洲:いい音がする琵琶だったので、ずっと現役で使ってきた。最近は木が痩せてきて、音が変わってきたので、今はお弟子さんのお稽古する時に使ったり。今も茨城の実家にあります。

 

         

 

 長洲与佳さんは、尺八と琵琶の二重奏者。小学生6年生からステージに立っていた。東京へ出て、ステージに立ってスポットライトを浴びるというのが彼女の夢でもあった。

 そのあと、東京芸術大学音楽学科尺八専攻科に進む。そして、人間国宝だった山口五郎さんに師事する。

 

大:この時は尺八専攻で行った?

長:はい。琵琶はどこを探しても四大(よんだい)で琵琶を専攻でやるところはなくて。どちらも好きだったが、四大で学びたかったということで、そうすると選択肢は芸大しかなかった。東京にも憧れがあり、山口先生にも憧れがあった。また、芸大にも憧れがあったので。

 

        

 

 山口先生に「琵琶もやっているが、続けてもよろしいですか」と尋ねた。「もちろんどちらかを選ばなければならない時は尺八を続けます」と言ったら、山口先生が、「琵琶なんてそんな素晴らしい楽器、ぜひ続けなさい」と言ってくださった。

それで二つ。

 

大:それで大学卒業後2003年には、熊本全国邦楽コンクールに第一位最優秀賞を琵琶奏者として受賞。2004年には尺八奏者としてCDデビュー。ユニット「りん」としての活動も開始した。

長:2003~2004年が転機の年で、2003年の時は琵琶をやめようか、やめないにしても距離を置きたいなと思っていた時期だった。で、距離を置くのであれば、琵琶をやっていたという証(あかし)として、邦楽コンクールに出た。第一審査でデモテープを送っている時は真剣に琵琶から離れることを考えていた。

大:尺八一本に絞ろうという気持ちなんですか?

長:いやー、琵琶も尺八も大好きなんですが、ちょっと琵琶を見てるのが苦しくなって、だから、好きなんだけど、つらいという複雑な感情を初めて抱いて、「だったら、今は尺八一本にしてみよう、また時が経ってから考えよう」と思ってたんですね。

大:けじめをつけるためにコンクールに出たら、最優秀賞。すごいですね。

長:いや、最後まで名前を呼ばれなかったので、現実は厳しいんだって自分に言い聞かせてたんです。これはいい機会だから、すぱっとやめようと。

 

長:最後の最後に名前を呼んでいただいて、審査委員のある方から「あなた琵琶続けなさい。絶対やめちゃだめよ」って。私何も言っていないのに、「続けなさい」って言われたんです。

大:審査の方は見抜いたんですかね?

長:私は琵琶を続けていいんだと思うようになって、それ以降は考えることなく続けているます。

 ずっとおじいちゃんの琵琶を使っていて、ブラジルにも海外でも使っていた。祖父は私の琵琶を真正面から聞こうとする人ではなかった。何か思うところがあったのか、私が琵琶を練習していても、ドアの向こうで耳をそばだてて聞いているという感じで、それを祖母から亡くなったあと聞いて。理由は分からないんですけど。邪魔しちゃいけないと思ったのか・・・。

大:思うとこがあったんですかね。尺八の魅力と琵琶の魅力では・・・。

長:よく聞かれます。私、毎回言っているんですけど、人間臭いところが好きです。そこが魅力だと思っています。やっぱり、尺八は虚無僧(こむそう)の方が修行に出るときに使っていたせいで、琵琶のほうも虚無僧の方が弾かれていたりとか、そういう部分では共通するものがあるんです。

 

              

 

 両者がで共通している部分は、嘘をつかずに、さらけ出すというところじゃないんじゃないかなあと思っていて。

 これは尺八・琵琶に限ったことではないと思うんですけど、邪念が入ると、必ず違う音吹いちゃったりするんですよ。調子よく吹いていて、ちょっと違うことを考えていたりすると、音を間違えたりとかあるんです。だから、無の心というか、余計なことを考えずに、一つのことに集中しなければ、楽器たちはダメなんだと私は思っていて・・・。

大:狂言も同じです。僕も狂言の魅力は、人間らしさとか、人間のあり方がそこにあるなとというような見え方がするんで、面白いなあと思いますね。

 無の境地ってなかなかなれない、なりづらいですね。

長:難しいですね。

大:舞台でもたまに、演奏でも、今日良かったなという時があるじゃないですか。それが生の楽しさかなと思います、生舞台の。今日はちょっと素直に入れたなあっていう日もあるし、ちょっといやらしかったなあという時もあるし。

長:琵琶の弾き語りをしていると、琵琶の物語の情景を思い浮かべながら弾き語りするんですが、その境地に入った時って、客席が漆黒(しっこく)の海になるんですよ、毎回。不思議なんです。必ず夜なんです。

 

         

 

 一人でやっていると、大体ピンスポットを当ててくださいますね、そのピンスポットが月光になるんです。それが見えてくると、「あ、来た」って思うんですよね。

 

           

 

 でも、「来た」と思うとよろしくないので、考えないように考えないようにって、ただそれも、瞬きをすると一回リセットされちゃうんです。

 客席に戻ってしまって、でも、それを瞬きをしないでずっと続けていると、漆黒の海に戻るんですよ。それを見たくて見たくて、なるべく瞬きをしないように頑張ろうとするんです。だから、そのツボに入らないと漆黒の海が現れないと。

大:その漆黒の海が見えている時は、お客さんが見えてるんでしょうね。

長:あ、そうなんですかね。

大:分かんないですけど。そうだと思いますよ。やっぱりゾーンに入るってねー。

 

 二人の話し合いは続く。琵琶と尺八二刀流の難しさと醍醐味は長洲さんにしか分からないけれど、楽器演奏者が味わう「漆黒の海」というのは、無我の境地と言うのか、谷川俊太郎の「その世」(ブログ257)の境地に当てはまるもののようにも思えてくる。