202)ホスピス財団理事長の話①

 ホスピス財団理事長、柏木哲夫さん。1939年淡路島生まれ。1980年、日本で初めてホスピス病棟を設立。ホスピス医療に携わった30年間で、2500人以上を看取る。(ホスピスとは、死期の近い(末期がんなどの)患者に安らぎを与え、看護する施設を指す。)

 

 人間は最後の瞬間にどのような状態になるか。柏木さんが、2人の対照的な患者さんについて語られた。

 

 「どうしても忘れることのできない、非常に印象的な最期を迎えられたお2人の方のお話をしたい。

       

 1人は、すい臓がんの72歳の男性。倉庫会社の社長さんで、非常にお金持ちだった。入院してこられて強い態度で、何とか治してほしいという希望を述べられた。

 彼の心の裏には、死ぬのではないか、死がおそろしい、こわいという、そういう強い気持があった。

 みんな剥(は)げ落ちるんですね、今までの身分であるとか、財産であるとか、交流関係であるとか、そういう、その人の周辺にあった生きがいみたいなものが、全部剥げ落ちちゃう。

     

 そうなると、人間の中心の中心の「たましい(魂)」に平安がなくなるから、「死にとうない、こわい、死にとうない、こわい」という形になって、仕方なく、死を迎える。   

         

 この男性はだんだん弱ってこられて、「死にとうない、死にとうない」と、回診のたびに言われる。まあ、この患者さん自身、今まで順調な人生を歩んでこられて、とんとん拍子に事業もうまく行って、初めての上手く行かないことがすい臓がんだった。

「何とか治してほしい、何かええ薬ないのか」。

 まあ、そういう叫びを続けながら、次第次第に衰弱されて、叫べなくなり、しゃべれなくなり、亡くなった。何となく、切ない看取りだったんですね。」

 

 「もう1人の女性の場合は、「たましい(魂)」に平安があった。もう行き先がはっきり分かっている。体の部分も心の部分も、「たましい」の部分も、それぞれが調和のとれた形で。

 72歳のご婦人でクリスチャンだったが、肺がんの末期で、とても息苦しいっていうのが一番大きな問題だった。

 「先生、この息苦しさを取っていただいたら、私できるだけ早く神様のもとへ行きたい」って言われる。レントゲン撮ってみると、両方の肺が真っ白で、まあ、呼吸が苦しくて、あと1週間か10日ぐらい頑張れるかなと思うような状態でした。

       

 すぐにモルヒネステロイドを投与して、神様の助けがあったのか、3日ぐらいでホントに楽になった。

 で、帰りしなに、「あ、先生、有難うございました。ホントに楽になりました。でも、近いと思います」って言われたんですね。

 この会話を交わしてから3日目ぐらいに、少し意識が落ちてきて・・・。痛みからは解放されていたんですけど。

 娘さんに対する最後のことばは、これまた、印象的で、「いろいろお世話になったなあ、行ってくるね」って。これ最後の言葉なんです、「行ってくるね」。

 何かふすま開けて隣の部屋へ行くような、そして次の日にすーと亡くなられた。」

         

 柏木氏の話の、女性と男性のどちらを良しとするか? 女性のように静かに、やすらかに旅立てれば幸せにちがいないが・・・。