前回に引き続いて、ホスピス創設者の柏木哲夫さんのお話。今回は、「ユーモア」について。「ユーモア」とは、「思わず微笑させるような、上品で機知に富んだしゃれのこと(『大辞林』)。英語では humorである。
「2500名の看取りからいろんなこと教えられたんですけど、人は「死んでいく力」は持ってるなあということ。「死んでいく力」とは、何かもう「モリモリと」という意味ではなく、「死というものをどこかで覚悟して」、「これはもう誰にでも訪れることなので、仕方のないことなんだなあと思う力」みたいなものを、人間は持っているのではないかと思えて仕方がない。」
「受け止める力。体の部分も心の部分も「たましい(魂)」の部分も、それぞれが調和の取れた形でそれぞれ収まっておれば、まあ、いい死を迎えることができる。
大切なのは、死んでいく力を発揮できないような状態を防ぐ。ものすごく苦痛に満ちた死を迎えさせてはいけない。とにかく安らかな死を実現させるということは、我々も大切な仕事だと思ってますね。」
「今、日本中コロナとの戦いに明け暮れる。全体的に、非常に重苦しい空気が日本全体を覆っている。その中で、私やっぱり、ユーモアが持っている働きって、かなり大きいと思うんです。
ユーモアにはいろんな定義がありますが、「愛と思いやりの現実的な表現である」というふうに定義してもいいかなと。」
ある肝臓がんの末期の女性が、ある日の回診の時に柏木医師に尋ねた。
「先生、この頃あっさりしたものしか食べられなくなりました、そうめんとかお豆腐とか・・」
「そうですか。お元気なころは何がお好きでした?」って聞いたら、「お金」って言われたんです。
びっくりしましてね。皆、若い医師もナースも家族も、どっと笑ったんです。受けたんですね。周りがすごくいい雰囲気になって。
しかし、回診が終わってから、ちょっと不自然な気になったので、彼女に尋ねてみたら、「いや、実は、だんだん弱ってきて、自分でもちょっと沈みがち。主治医も看護師さんも「なんか鬱(うつ)っぽい」、家族もそうだって言うんです。
「皆でわあーって笑いたいと思ったんです。今日たまたま先生が食べ物の話をなさったので、大きくずれて、みんなで笑って私、嬉しかった」
もう一つユーモアというと、58歳の直腸がん末期の男性が、だんだん弱ってこられて、12月だったんですが、最後の正月を家で過ごしたいという気持ちが非常に強くて、何とか帰りたいということで、帰っていただいた。
その奥さんが、「先生、外泊できて、ありがとうございました。夫の寝正月を見ていて、さみしくなりました。こんな時にこそユーモアが大切だと思って、川柳一つ作りました。見てください」と、色紙にきれいな毛筆で、川柳を書いて渡してくれたんです。
「がん細胞 正月ぐらいは 寝てください」
プッと笑ったんですね。ところが、じっと見ているうちに、おかしさの裏にある、奥さんの悲しさみたいなものが、グーっと迫ってきましてね、不覚にもちょっとポロッと一つ涙が出たんです。自分の悲しみをちょっとだけ横に飛ばして、普通であれば、笑うことができない状況の中で、そこへユーモアを投入することによって、つらい状況を笑いに変えることができる。
笑うということが難しければ、ほほ笑むぐらいでもいいですけど。
クスッとでもいいから、何か笑える空気、笑うこと、そういうことに少し皆が心掛ければ、浮き上がるだけの力はなくても、ほっとして、下へ下がっていく「下がり方」をちょっと持ちこたえる、そういう気持ちだけは、みんなが持てたらいいなあと思うんですねえ」。
ユーモアって具体的な例はなかなか浮かばないけれど、最近は「笑い」の重要性が叫ばれている。笑ったり、ニコニコすることによって、セロトニンや、オキシトシン、ドーパミンなどの「しあわせホルモン」が増え、それが健康につながるとも言われている。
「愛と思いやり」を持って、ユーモアに満ちた生活を送りたいものである。