217)不思議なお嫁さん

        

 息子のお嫁さんは、中国地方の日本海側で育った。父親が海に潜ったり、山でイノシシや熊を追いかける人であったため、彼女も子供のころは父親に付いて回っていたという。

 目鼻立ちがはっきりしていて、なかなかの美人なのだが、本人に自覚がない。化粧をすると顔が痒くなると言って、40歳を過ぎた今も、手入れは乳液をパッパッと付けるだけ。

 何でもすることが早くて、こっちが戸惑ってしまう。お風呂入ってくださいというと、振り向いた時には、もう浴槽に浸かっている。そして、5分もしないうちに、「上がりました」と出てくる。

        イラスト風呂に入る に対する画像結果.サイズ: 150 x 122。ソース: www.ac-illust.com

 

 どういう人だろう。

 

 1週間ほど我が家に滞在をすることがあった。ある日、息子は会議で会社に出かけてしまった。彼女も買い物があると言って、朝の10時ごろ出かけていった。

 夕方4時ごろ帰りますと言って出かけたのだが、1時半ごろピンポンとドアチャイムを鳴らして、彼女が戻ってきた。

予定より早く買い物が終わったので、昼ご飯も食べずに戻ってきたらしい。

 

 私は朝の残りご飯で昼を済ませていたが、彼女は昼はどうするのだろう?

 

 私が声をかける前に彼女は自分で台所に入って、何やらやり始めている。

ふと見ると、彼女の手元にビニール袋があり、その中で黒い三角錐の物体がこんもり盛り上がっている。彼女は袋からその物体を取り出し、包丁で切り始めた。

それはカツオのたたきであった。

        

 しばらくすると、彼女は千切りのキャベツの上にカツオ切り身を7、8枚載せて、台所を出てきた。そして、私の座っているテーブルの前で、昼ご飯を食べ始めた。

 彼女は義母である私にカツオのたたきを準備したのではない。自分の昼ご飯のために、カツオのたたきを刺身状に切ったのだ。

彼女は「お母さんもどうぞ」などと勧めない。「いただきます」と言って、自分が食べるだけだ。

           

 私はおかしくてならなかった。おかしいというより、自分の昼ご飯のためにカツオのたたきを買ってきて、一人で食べるということに、驚きを感じないではいられなかった。

 えーっ、若い女の子が自分一人のためにカツオのたたきを買って食べる・・・。

 

 私の今までの習慣にはこんなことはなかった。

 

「お母さん、昼ご飯召し上がりましたか?」

「私まだですが、いっしょにいかがですか?」

「昼ご飯、いただいてもいいですか?」

 

 私は、嫁姑なら、これくらいの言葉かけがあるであろう習慣の中で生きてきた。

 

彼女は私に一言も勧めなかった。

 

 ところが、私はお皿のカツオの刺身を見ているうちに無性に食べたくなった。とてもおいしそうに見えたのだ。

 

「一切れちょうだいね」

 

 私の口から、ごくごく自然な形でことばが出てきた。

彼女は当然のように、「どうぞどうぞ」とお皿を私のほうに向けた。

 

 これは何なのだろう。勧められもしないのに、人のものを素直に欲しいと言わせる「自然力」みたいなものが彼女にはあるのだろうか。

 

 今のところ、彼女は私にとって、不思議な存在のお嫁さんである。