248)★日本語文法ものがたり24★「言葉と文化」

            

 

 前回は、電車やバスで小さい男の子や女の子と乗り合わせたと仮定して、あなたは彼・彼女にどのように呼びかけるというのが宿題でした。

 

        


1.1)「坊や・ぼく・きみ・あなた・もしもし・あの~・(その他   )、これ落としたよ。」

★結果:「ぼく(3人)、言わない(1人)」でした。小さい男の子には「ぼく」が多いようですね。

 

1.2)「お嬢ちゃん・お嬢さん・あなた・もしもし・あの~・(その他  )、これ落としたよ。」 

★結果:「あなた(2)、お嬢ちゃん(1)、言わない(1)」でした。女の子には「あなた」が多いですが、何も言わない人もいました。

 

2.1)「坊や達・ぼく達・きみ達・あなた達・もしもし・あの~・(その他   )、ちょっとうるさいから、静かにしてね。」

★結果:「あなた達(3)、君達(1)」でした。複数男子に対しては、「坊や達・ぼく達」ではなく、「あなた達」が圧倒的に多かったです。相手が複数なので、少し改まった言い方をする人が多いようですね。

 

2.2)「お嬢ちゃん達・お嬢さん達・あなた達・もしもし・あの~・(その他  )、ちょっとうるさいから、静かにしてね。」

★結果:「あなた達(4)」が一番多く、他の選択肢はありませんでした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 では、今回の「日本語文法ものがたり」に入ります。

 今回は「言葉と文化」について考えてみたいと思います。

 この世界には色々の国があって、色々な民族が住んでいて、習慣や慣習、行事、生活の仕方、考え方など少しずつ違っています。そうした習慣や生活の仕方、考え方などを含めて「文化」と呼び、それが言葉にどう影響しているかを、いくつかの具体例を挙げて考えていきたいと思います。

 

 初めに、これは私自身の経験ですが、私が日本語教師現役の時のこと、仲間で初級の日本語テキスト(教科書)を作ることになりました。各課に簡単な会話を入れていくのですが、「デパートでの買物」の場面がありました。場所は日本のデパートの売り場です。

 

店員:いらっしゃいませ。

客 :〇〇を見せてください。

 

             

 

 これは買物の会話の出だしの部分ですが、たぶん日本の売り場で見られる自然な会話でしょう。

 こうした教科書の会話には、学習者が自習できるように翻訳が付くことが多いです。英語では「いらっしゃいませ」がMay I help you? になっていたと思います。

 外国人学習者には中国の方が多いので、中国の先輩留学生に中国語の翻訳をお願いしました。日本語の上手な留学生ですが、その留学生が、「中国では「いらっしゃいませ」という言い方はない」と言ってきたのです。

 彼の話では、中国では客が入ってきた時、店員が客に向かって「いらっしゃませ」とは言わないそうで、店員はただ黙って客を迎えるということでした。

 彼に理由を聞いてみると、中国では売る側のほうが優位に立っているのだから、客に愛想よく「いらっしゃいませ」という必要はないということでした。

 

 このことが強く印象に残っていたこともあって、最近、次のような新聞のコラムを読んだ時、「あ、そうなんだ。国によって、また、民族によって習慣とか風俗が異なるのだ」ということを改めて思い出しました。

 それは2023年8月30日朝刊のコラム「時代の証言者」に載った「感謝の言葉がない村」(探検家、医師 関野吉春)です。

 

   

 

 筆者の関野氏の話によると、エチオピア南西部に住む少数民族コエグ族は、親族間で足りなければ親しい友人、それでも足りなければ、同じ集団内で助け合う民族で、食料の蓄えがない代わりに、いざという時に助け合える人のネットワークを何重にも張り巡らせているそうです。これはコエグ族だけでなく、隣り合わせの地域に住む別の民族にも及んでいるということです。

 関野さんが言うには、助け合うのが当たり前のコエグ族には日本語の「ありがとう」に相当する感謝の言葉がない。医者である関根さんはたくさんの患者を治療したが、誰も感謝してくれなかったそうです。

 日本では何か貸してもらったら感謝するのが礼儀であるし、南米でも治療すれば感謝されるのが普通だった。プレゼントをもらうこともよくあった。感謝してほしくて治療するわけではないが、(感謝をしないコエグ族に)最初はちょっと傷ついたと、関根さんは書いておられます。

 

      

 

 私自身がよく経験したのも、欧米系の人達は人にプレゼントをもらったり、品物でなくても何か親切をしてもらっても、それに対してお返しをすることは、まずない。もちろん口で感謝を述べるが、日本人のように、次の日に会った時に繰り返して感謝を述べるというようなことはないし、もちろん、お返しのようなこともしない。

 

  

 

 最初に中国語では、「いらっしゃいませ」という言葉はないらしいと書いたが、「いらっしゃいませ」も「ありがとう」と同じく、国によって、また民族によって、表現の仕方が異なったり、表現を支える習慣や考え方が根本的に違っていたりするのかもしれない。