184)友達近所づきあい

       

        

 女性も仕事をやめて家庭に戻ると、社会とのつながりや友人との付き合いが減ってしまう。特に連れ合いを失くした女性や主婦たちは、「おひとりさま」としてどう生きていけばいいのだろうか?

 今回は「おひとりさま」になった女性たちの仲間作りのお話である。1つ(ケース1)は、普通の専業主婦の集まりで、もう1つ(ケース2)は1人で人生を生き抜いてきた元キャリアウーマン達の集まりである。

どちらが良いというのではない。老後の仲間づくりとして、こういう例もあるというのを紹介したいと思う。

 

ケース1

 高校時代の友人Yは、ご主人が一流商社に勤め、本人は主婦業に専念してきた。人当たりの良い人で、近所の主婦4人と付き合いが長い。

 彼女達は子供達が小学校に行き出したころから、家を持ち回りで、昼下がりにポーカーを楽しんでいた。ポーカーがいつの間にか麻雀になり、最近ではご主人が亡くなった主婦達の家を根城にすることが多くなった。

     

 あくまでも家庭麻雀の範囲内で、そこでおしゃべりをしたり、お茶を飲んだり、時にはビールを飲んだりして、交友を温めている。

 Yの話によると、お酒が飲める人しか仲間に入れない。難しいことは考えないで、楽しくおしゃべりをして時を過ごすというのが建て前らしい。

 夕方5時になると、全員で散歩に出かける。散歩が日課になって、かなりの距離を歩くらしい。主婦5人が揃って歩く姿は、想像すると、ちょっとこわい気もする。

     

 Y自身も2年前に連れ合いを亡くし、仲間が彼女の家に集まることも多くなった。彼女は、大枚はたいて自動麻雀台を買ったと言っていた。

 仲間の誰かが病気になったり、駅への行き帰りでどうしても足がない場合などは、お互いが助け合うという。

 たまたま気持ちのいいご近所さんに当たったとも言えるし、それぞれが経済的にうまく行っている家庭だったのであろう。

 一見有閑マダムの集まりのようにも思えるが、こういうのもいいと思う。気持ちのいい、思いやりのある、誠実な人達の集まりであれば、毎日のおしゃべりの中にも、あったか味や励ましを得ることができるはずだ。

 

ケース2

 次は、退職するまで会社や組織でバリバリ働いてきた女性達が、老後、行き来できる距離に住んで、読書会をしたり、趣味の会を開いたりするという集まりである。(彼らは「友達近所づきあい」と呼んでいる。)

    

 最初は中心になる3人の仲良しがいた。3人は同じマンションの別の階に住んでいる。3人では少なすぎるということで、友達や知り合いに声をかけ、現在の仲間は5人になった。年齢は70代から80代。声かけが14年前で、それまでまったく知り合いでなかった人もメンバーに入っている。

 この集まりは、結婚せずに独身を通してきた人、結婚したが離婚した人、連れ合いを失くした人など、ともかく現在、独り身「おひとりさま」であることが仲間の条件である。

 5人は1週間に1度いずれかの家に集まって、読書会をする。本好きの人達であるので、週1冊本を読んで話し合う。本を通して議論したり、自分達で学んでいける人達である。

          

 彼女達は、趣味の会も開く。下手なままでリコーダーを吹いたり、ピアノを弾いたり、書道をしたりする。その時間は、やりたいこと、また、今までにやりたかったことを自由にやる。

      

 そして、月に一度、各自の知り合いを通じて「話のできる(専門の)人」に来てもらう。そこで、いろいろな分野の話を聞く。毎月の例会を通して、知り合いがどんどん増えていくという。

         

 現在では、地域と関わったり、公けへの発信も始めている。まだ始めたばかりらしいが、機関誌のような「通信」の発行も続けたいそうだ。

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 今回は2つの高齢女性達の老後の生き方をご紹介したが、皆さんはどうお考えだろうか?

 人と交わることは楽しいことだが、煩わしい側面も持つ。日本人は気遣いの固まりのようなところがあり、他人に気を遣うなら1人のほうがいいと思うこともある。

 ケース2の「友達近所づきあい」のメンバーの1人も、こんなことを話していた。

 

「いっしょにやるのではなくて、1人のほうが良かったと思うこともあったけれど、今では、仲間がいて、仲間と話し合えて、前に進んでいけてよかった。」

 

 連れ合いが健在でも、寂しく感じることもある。1人になると、その寂しさは増幅されるだろう。より生き生きとした、あったかい老後を過ごすヒントとして、ケース1、2のような集まりの形も面白いかもしれない。