前回は「は」が役割として、「対比」の意味合いを持つことを見てきました。「対比」とは、2つ、またはそれ以上のものと比べるというの意味です。
今回は学習者(日本語を学んでいる人のこと。ここでは、日本語を学んでいる外国人を指します)の、「は」と「が」についてのエピソードを話します。
あるインドの学生が次のような自己紹介をしました。
私はムハンマドと申します。私はインド人です。私はエンジニアリングを勉強します。私はデリーに住んでいます。私はまだ結婚していません。
インドの人は記憶力がいいのか、語学の上達が早くて、日本語もペラペラ話そうとします。しかし、私達日本人は彼の自己紹介を聞いて、途中からどんどん引いてしまいました。彼の「私は」「私は」「私は」・・・に圧倒され、ついには嫌気がさしたからです。
日本人なら、こんなにたくさん「私は」を言うでしょうか?
次は日本人の自己紹介の例です。
「谷口さん、自己紹介をどうぞ」
「谷口と申します。日本人です。エンジニアリングを勉強します。大坂に住んでいます。まだ結婚していません。」
聞いている人を引き付けるために、最初一回ぐらいは「私は」を入れるかもしれません。しかし、たぶん続く文では、日本人なら「私は」を言わないでしょう。あの控え目な高倉健や渡哲也ならなおさらでしょう。
「高倉さん、渡さん、どうぞ」
「高倉です」
「渡です」
英語などでは、主語(「誰がどうである、誰がどうした」の「誰」に当たるもの)、ここでは「私=I 」を必ず付けて、次のように言うでしょう。
I am Muhammad. I am an Indian. I am studying engineering. I live in Delhi. I’m not married yet.
インドの学生はおそらく国際語である英語を思いながら、「私は」「私は」と言ったのでしょう。
「は」は対比の意味合いを持つので、大なり小なり他との比較が入ります。自己紹介で「私は」と言ったとき、具体的には特に比べる人はいないのですが、やはり他と比べての「自分」を取り上げている(文法的には「取り立てている」)感じが入ります。
「対比」には、比較の度合い(程度)が強いものから弱いものまで、程度があります。
皆さんは「男」と聞くと、すぐ「女」を思いますね。「妻」は? そう、「夫」ですね。
「大人⇔子供」「猫⇔犬」「お父さん⇔お母さん」「肉⇔魚」などなど。
このように反対の言葉を持っているものは反対の語が連想されやすいので、「~は」も対比の意味合いが強くなります。
一方、「世界は」「日本は」「豊田社長は」などを聞いたときに、反対語は連想しにくいですね。「世界」の反対語は何? 「日本」の反対語は? 「豊田社長」は?
自己紹介の「私」もそうですね。
しかし、こうした一見反対語のはっきりしない言葉でも、状況の中で、また文脈(文と文との続き具合)の中で対比の意味合いが出てくることがあります。
- 世界はガス排出規制に向かっている。しかし、A国はそれに反対している。
- 日本は少子化の一途をたどっている。一方、アフリカ諸国では人口増加が続いている。
- 豊田社長はEVに消極的であった。しかし、マツダの社長は積極的であった。
文脈(文の流れ)の中で、①では「世界」と「A国」、②では「日本」と「アフリカ諸国」、③では「豊田社長」と「マツダの社長」が対立していることになります。
このように、「は」(または「~は」)の対比は、単語だけでなく、文脈・状況などによっても、その度合い(程度)が高くなったり、低くなったりします。
では、前回と今回「対比」について勉強したあとで、アダモの「雪が降る」の歌詞をもう一度見てください。そこで、「は」または「~は」のもつ意味、ニュアンス、感じを改めて考えてください。そして、味わってみてください。
雪が降る
雪は降る あなたは来ない
雪は降る 重い心に
むなしい夢 白い涙
鳥は遊ぶ 夜は更ける
あなたは来ない いくら呼んでも
白い雪が ただ降るばかり
ラ ラララ・・・ ム ムム・・・
私の解釈を載せておきます。
タイトルは「雪が降る」です。目の前に見える現象を描いています。今雪が降っています。
ああ、雪は降っているのに、あなたは来ない。
雪はやまずに、しんしんと、私の重い心に降り続けている
私が見ていたのはむなしい夢だった。雪のように白い涙が流れる。
鳥は遊んでいるが、夜は更けていく。
いくら呼んでもあなたは来ない。
ただただ白い雪だけが降っている
「あなたは来ない」というフレーズが2度出てきますが、主語が「~ない」のような否定(打消し)になると、主語は「は」を取ることが多くなります。それは、「否定(打消し)」が常に「肯定」(例:あるvsない、いるvsいない、食べるvs食べない)と対立の意味合いを持っているからです。「否定(打消し)」は、自らの中に「肯定」との対立を含んでいるので、対比を表す「は」「~は」が表れやすくなります。