116)鉄道写真家中井精也さん

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 中井精也という鉄道写真家は、本当に太っていて、重いカメラと大きいリュックを背負い、汗だくになって撮影スポットを探し歩く。動きにピシッとしたところが全然なく、だらしない格好だなあというのが最初に受ける印象である。

 彼は小高い丘を登っていく。丘は手入れなどされていなくて、笹や雑木が茂りまくっている。雑木をよけながら彼は歩き回り、眼下の、また目の前の風景を見据えて、撮影ポイントを決めていく。

 遠くに山々を見渡し、山々の間には谷があり、小さな川が下流へ、また田んぼへつながっていく。

 彼は撮影ポイントを決めると、大きなリュックを下ろし、汗を拭き、やれやれという顔をする。

 その時点では、私達には彼が何を撮りたいのか分からない。山々の景色か、谷あいか、はたまた、すべてを含めた田園風景か。

彼は時計を見る。彼はこの撮影ポイントに鉄道列車が来るのをじっと待つ。

 

 彼の写真は、風景の中に目指す列車をどう配置するかで決まる。

しかし、列車だけがメインになるのではない。全体のほとんどを占める風景の中に、時には右端に、左端下に、また上方にと、列車を小さく配置するのである。

列車はコメ粒ほどの場合が多いが、その米粒が写真全体を決定づける。まるで、書道家が最後に真っ赤な落款を押して、それで全体が生きてくるように、風景に命を与える。

 

 列車は、あまり知られていないような地方の、また田舎の、また秘境の単線であったり、過疎の鉄道であったりする。車両もたったの一両という場合も多い。

列車の色は赤岳、赤と白、赤とベージュ、オレンジとグレイ、白だけ、D51のように

真っ黒というものもある。

 彼は風景に最適の鉄道を選び、列車を選ぶ。その鉄道でなければ、その列車でなければ風景が成り立たないかのように。その列車が配置されることによって、写真そのものが動き始める。

 彼は、自分の描く風景の中の、どの位置に、どんな形で、列車をどの程度配置するかを常に考えている。彼の納得のいく決定的瞬間になるまで彼は忍耐強く列車の出現を

待っているのである。

 

 だらしなく太った彼の姿と、彼が産み出す写真風景は、見る者の期待を裏切る。その配置の絶妙さ、美しさに感動してしまう。

 彼が単なるカメラマンではなく、それを超えて「芸術家」と言われる所以である。

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 ウィキペディアでは、彼は「東京都出身の鉄道写真家。日本鉄道写真家協会事務局長」と紹介されている。2015年に「中井精也写真集1日1鉄」で講談社写真賞受賞。「カメラと旅する鉄道風景」、「鉄道百景にっぽん鉄道写真の旅」「中井精也のてつたび!」などのテレビ番組に出演している。