前回では、タクシーに乗って目的地付近まで来た時、「ここに」と「ここで」のどちらを使うかというのが問題でした。
a.あ、すみません。ここに止めてください。
b.あ、すみません。ここで止めてください。
a「ここに」b「ここで」両方とも使えますが、私の周りの人はほとんどが、b「ここで」でした。「に」は存在・位置(静的な場所)、「で」は動き・動作の場所(動的な場所)を表します。
目的地付近を静的ととらえるか、動的ととらえるかですが、話し手は車に乗っているわけですから、実際上、動いていますね。動いている視点から目的地をとらえるため、「動作・動き」を表す「ここで止めてください」になりやすいのだと思われます。
さあ、今回は格助詞「を」と「から」の使い方を見てみましょう。
格助詞「を」と「から」は、両方「出発点」と「離点」の意味を持ちます。
①a.緊急事態発生! 電車を降りてください。
b.緊急事態発生! 電車から降りてください。
②a.彼は部屋を出ていった。
b.彼は部屋から出ていった。
①と②のabはどちらも使えますね。
ところが、同じ「出発点」「離点」を表していても、「を」「から」のどちらかが使えない場合があります。次のabはどうでしょうか。
③a.トンネルを抜けると、雪国だった。
b.トンネルから抜けると、雪国だった。
④a.サンタクロースが煙突から出てきた。
b.サンタクロースが煙突を出てきた。
⑤a.煙が煙突から出ている。
b.煙が煙突を出ている。
答えは次のようになるでしょう。((〇)は正しい、(×)は間違い、(?)はあまり言わないが、完全に間違いとは言えない。)
③(〇)a.トンネルを抜けると、雪国だった。
(?)b.トンネルから抜けると、雪国だった。
④(〇)a.サンタクロースが煙突から出てきた。
(〇)b.サンタクロースが煙突を出てきた。
⑤(〇)a.煙が煙突から出ている。
(×)b.煙が煙突を出ている。
③において、「抜ける」という動詞は基本的には「を」をとります。「から」でもいいのですが、「から」は話し言葉的な響きがあり、『雪国』のような書かれた物では「を」が自然になります。
④は話し言葉的である「から」のほうが様子が生き生き伝わるような気がしますが、「を」でも可能です。
⑤は「サンタクロース」が「煙」に変わっただけですが、b「煙が煙突を出る」はおかしいですね。
では、なぜおかしいか考えてみましょう。
「サンタクロース」と「煙」の違いは、前者が「意志を持った生物」であるのに対し、後者が「意志を持たない無生物」というところにあります。
「意志を持った生物」は「~を出る」ことができ、「意志を持たない無生物」は「~を出る」ことができないのでしょうか。
「猿」「ミミズ」「水」で考えてみましょう。
「猿」は「意志のある生物」、「ミミズ」は意志を持つか持たないか微妙な生物、「水」は「意志を持たない無生物」ですね。述語は「部屋を出てきた」です。
⑥(〇)猿が部屋を出てきた。
⑦(?)ミミズが部屋を出てきた。
⑧(×)水が部屋を出てきた。
「猿」は「~を出てきた」はOKですが、「ミミズ」は迷うところです。「ミミズ」を擬人化させて「意志のある生物」と見なせば、「~を出る」も可能ですが、通常はおかしく感じられます。
「意志のない無生物」の「水」は不可です。
格助詞「を」と「から」が「出発点・離点」という同じ働きを持っていても、前に来る名詞によって、使えたり使えなかったりすることが分かりました。
今回は、「話し言葉的」か「書き言葉的」か、また、前に来る名詞が「意志のある生物」か「意志のない無生物」かによって使えたり、使えなかったりすることの例を考えました。
では最後に宿題です。
次の文では「~を卒業する」は正しいですが、「~から卒業する」は不自然になります。その理由を考えてください。
⑨a.娘は先月大学を卒業しました。
b.娘は先月大学から卒業しました。