ネット通販のアマゾンで商品を注文するようになって20年近くになる。書籍類を注文することが多く、2日ほどで届くので便利である。
最初はネットでの申し込みがなかなかうまくいかず、何度か失敗した。注文を取り消したいとき、また注文数を変更したいときなど、どこをクリックすればいいのかがわかりにくい。焦りながらいじくっていると、注文数がどんどん増えていく。注文数を増やすのは簡単なのだが、減らしたり取り消したりするのがなかなか難しい。取り消しボタンもあることはあるが、どこにあるのかわかりにくく、追加のためのボタンに比べてかなり小さかったりする。
失敗ばかりしていると、「ネット通販は買わせようかとばかりしている」という不信感が募ってくる。取り消しや変更をやりにくくするように画面のデザインを作っていると思ったりもする。
3月の初め友人宅でパーティがあった。アマゾンでワインを注文した。大ぶりのふっくらしたビンが上品で、ペールピンクのフィルムに包まれている。甘口のシャンペン風のワインだったので、パーティでも皆に喜ばれた。華やかなシャンペンの雰囲気が友人の心づくしのパーティにぴったりだった。
いいワインを持参できて喜んでいたが、1か月後の4月初めに、また同じワインが我が家に届いた。誰かが送ってくれたのかもしれないと思って受け取った。しかし、送り主の名前の個所にはアマゾンの名前しか書かれていなかった。自分自身は注文していない。
様子を見るために2,3日そのままにしておいた。だんだん気持ちが落ち着かなくなって、ともかくアマゾンに電話してみようという気になった。そのとき、「もしかしてアマゾンが勝手に送り付けてきたのかもしれない」という疑心暗鬼もあった。
こういうときどこに電話すればいいのかわかりにくい。注文ページをいろいろ探していたらクレームを受け付ける欄があった。そこを開くと、メッセージが送れるようになっていたので、「発注していないワインが届いています。どうすればいいですか?」と書いて送った。するとすぐさま、「申し訳ありません。システムエラーです。お調べします」というメッセージが出た。
私はそれで安心し返事を待った。しかし、2日待っても何も言ってこなかった。そこで再度「メッセージを送りましたが、返事がありません。至急ご連絡をください」というメールを送った。前回と同じように自動的に返信が来て、前と同じ「申し訳ありません。システムエラーです。お調べします」という返事が来た。
これではらちがあかないと思い、またアマゾン関係のURLを探した。アマゾンのコールセンターに行き着いた。
コールセンターに電話すると、意外にもすぐに係の人が出た。この種の電話は何度かけても混んでいてつながらないことが多いが、珍しく一回で肉声が聞けた。
比較的若めの男性だった。男性は私の名前を聞いて、注文履歴を調べてくれた。言葉の丁寧な、よく言えば落ち着いた、悪く言えば冷たい感じの口調だった。
「〇〇さんですね。△△日に注文されています。」
「私は注文していません。」
「注文されています。受け付けられています。」
私は注文していないのに、コンピュータには注文が受け付けられているという。私は「私は注文していません」とはっきり、ゆっくり、自信を持って言った。
男性は「注文されています。機械が勝手に注文をすることはありません」と言った。
私はアマゾンに対する不信感があったので、自分は長年アマゾンを愛好していること、プライム会員であることを強調した。そして、アマゾンが間違って、または意図的にワインを送り付けてきたのではないかという気持ちを匂わせた。
しばらく二人の言葉の応酬が続いた。私は「絶対に注文していない」を繰り返し、男性は「注文されています。機械が勝手に注文をすることはありません」を繰り返した。
「消費者センターへ連絡しますよ」と言うと、彼は「どうぞ」と言った。彼は落ち着いていて、「注文履歴に記載されています。機械が勝手に注文を受け付けることはありません」と言った。
私は今回は自分が納得するまで聞いてみようと思っていた。ワインはせいぜい2千円程度のものだったから、お金というよりアマゾンを今後信頼するかどうかという、私にとっては重要な問題だった。もし、アマゾンがちょっとでも胡麻化すようなことをしていたら、アマゾンをやめようと思っていた。今まで何十年も利用してきたし、本当に簡便で重宝していたから、やめるのは私には苦痛であった。やめたら、ほしいものはどうやって手に入れる? こんなに簡単にスピーディに手に入る方法はほかにはないかもしれない。
一つの展開があったのは、私が先月同じものを注文したと言ってからだった。男性は注文履歴を詳しく調べているようで、しばらくしてから、「先月注文したときに、定期購入で注文されています」と報告した。私はその記憶がなかったので、「定期購入で買っていません」と自信を持って言った。「いえ、定期購入になっています」と男性は事務的に言った。
私が「定期購入で申し込んだという証拠というか、その証明はありますか」と聞くと、彼は丁寧に、アマゾンのトップページへ行って購入履歴を見られること、また、その他の詳しい情報の見方をいくつか教えてくれた。
彼の話し方は最初から全く変わらず、どこか冷たく、しかし、丁寧で、根気強かった。
どのくらい時間がたっただろうか。3、40分は過ぎている。
彼の落ち着きと冷静さで私もだんだん落ち着き始めている。彼は決して「あなたが間違っている」とは言わなかった。「機械は勝手に受け付けません」とは言ったが、「(あなたは)間違って定期購入のボタンを押されたんですよ」とは決して言わなかった。
しかし、私は、もしかして自分が単発購入と定期購入を間違えたのかもしれないと思い始めていた。今までたくさんの注文をしてきたが、定期購入はしたことがない。だから、単発購入と定期購入の区別があるなどと考えたことがなかった。購入ページではいつも初めに目についた数字ボタンを押している。今回押したボタンが定期購入のボタンだった可能性が高い。
しばらくして男性が言った。「届いているワインは送り返す必要はありません。廃棄してくださっても、そちらで処分してくださっても結構です」。そして続けて、「今回の分は返金処理をしておきます。手数料他を引いて、1700円返金いたします。手続きに少し時間がかかるかもしれませんが」。
そして、最後に彼は言った。「長い時間お付き合いくださいまして有難うございました」。
私は彼の言葉を聞いて、どぎまぎした。「いえいえ、私のほうこそ。私が間違ったのかもしれません」。そして、「どうもすみません」と言った。言ったというより、謝罪の言葉が勝手に口から出てきてしまった。
私は言い訳がましく、「私はお金のことより、アマゾンを続けるかどうかという問題がかかっていたので・・・」と付け加えた。彼はそれには何も答えず、淡々と「手続きをしておきます」という言葉を繰り返した。
客観的な事実はこうだろう。インターネットに疎い年寄り婦人が、理解ミス、または操作ミスをして定期購入のボタンを押してしまった。コンピュータは自動的に処理をし、4月の初めに3月と同じワインを当婦人宅に送った。
しかし、老婦人はそういう発注はしたことがないとクレームをつけてきた。男性はたぶん老婦人のコンピュータミスだろうとわかっていながら、それを責めることはなく、約1時間にわたって丁寧に、辛抱強く、お客さんが自ら納得するまで待った。
クレーム関係の電話では後味の悪いことが多いものだが、今回は私はむしろ晴れ晴れとした気持ちになった。相手の誠意が伝わったような、自分が納得したというがうれしかった。こういう従業員がいるのだから、アマゾンも捨てたものではないとも思えるようになった。
(この話には後日談がある。後日アマゾンで別の商品を発注した。発注を済ませると、いつものように注文内容がメールで送られてくる。今回はその中の支払い方法がアマゾンペイになっていた。私はアマゾンペイの会員でもないし、アマゾンペイで支払った記憶はない。アマゾンで発注するときは、いつもその都度クレジットカードで支払っていた。
アマゾンペイは便利なキャッシュレス方法で、特に客にとって不利なものではない。しかし、私は嫌なのだ、自分の意志でアマゾンペイを選んだのではなく、アマゾンが、不注意な、ネット通販に疎い客を、自分達の都合の良いほうへ誘導しているということが。
「誘導する」という言葉は言い過ぎかもしれないが、私にはそう思えて仕方がない。「誘導する」は、極端な言い方では、「自動的に」とも言い換えられる。将来的には自動的に彼らの思い通りに仕向けていくということも起こり得ないことではない。
ネット通販に疎い客に丁寧であるためには、「定期便の申し込みでいいですか?」「アマゾンペイでの支払いでよろしいですか?」という再確認(欄)を入れるべきあろう。
このような誘導的なやり方はアマゾンだけでなく、ネット通販全般に通じることである。うっかり者の私は、ネット通販に依存しすぎることなく、しかし発注するときは、注意に注意を払って臨まなければと思っている。)