71)中島みゆきのファンです。

今年はコロナ禍で各種のイベントやコンサートが延期、中止になっている。『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』も御多分に漏れず、全コンサートが中止になった。コンサートに申し込み、5月7日の入場券が手に入るはずだった私も参加できなくなった。残念至極である。

好きな歌手は何人かいるが、中でも中島みゆきのファンである。T大学に勤めていたとき、S先生の送別会があり、そこでS先生が中島みゆきの「時代」を歌われた。S先生があまりに上手だったので、聞き惚れてしまった。メロディーや歌詞がどうというより、S先生の濁りのない声が歌に合っていて、感動したという記憶が鮮烈に残っている。

あれから20数年経ったが、中島みゆきの「時代」は今も歌われ続けている。

中島みゆきは歌うときは、白の開襟シャツとジーンズのズボンという姿が多いが、レースをふんだんに使った華やかなワンピースのことも多い。いずれにしろ、あの細身の体から出てくる朗々とした歌声はどこから出てくるのだろうと思わせる。

彼女は男性で言えばフォークの草分け吉田拓郎に匹敵するシンガーソングライターで、カラオケなんかでは2000曲以上が収納されている。

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私が中島みゆきに惹かれたのは、実は、「誕生」という歌を聞いてからだ。「時代」や「地上の星」などヒット曲も好きだが、「誕生」に接するたびに、胸にグッと来るものがある。

中島みゆきの曲に共通して言えるのは、彼女の歌詞の上手さだろう。彼女の歌は基本的には応援歌、特に若者への励ましというメッセージ性が強い。

若者は通常はその日常性に流され、悩みや苦しさを突き止めようとはしないように見える。彼らは明るく振舞っているが、しかし内心では、小さなことに傷つき、悩み、苦しみ、自信を失くしている人も多い。

そうした揺れ動く若い人たちの心に、ズバリと入り込むのが中島みゆきの歌である。彼女が作り出す歌詞は詩に近い、いや、詩そのものであると私は思う。

「誕生」の次の部分を聞くと、私の胸は締め付けられ、目に涙が込み上げてくる。

 

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Remember 生まれたとき 

だれでも言われたはず

耳をすまして思い出して

最初に聞いた Welcome

 

Remember けれど、もしも

思い出せないなら

私いつでもあなたに言う 

生まれてくれて Welcome

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これは歌の最後の部分で、一番のサビの部分である。

ほとんどの人は生まれてきたとき、両親はじめ周りの人々から祝福される。Welcomeと言われる。生命の誕生は人に希望を与えるからだ。

しかし、人は、人生を生きているうちに失望と絶望を経験し、生まれたときの祝福(welcome)を忘れがちになる。すっかり忘れてしまって、「なんで私を生んだのよ」と文句を言ったり、「私なんか生まれてこなければよかった」と嘆いたりする。

中島みゆきの「誕生」は、そうした失望や絶望にある若い人たちに呼びかけている、手を差しのべている。

サビの真骨頂は、「Remember けれど、もしも 思い出せないなら 私いつでもあなたに言う 生まれてくれて Welcome」の部分で、意訳すると、「赤ちゃんのときのことを思い出してごらんなさい。もし、思い出せなくて、今自分が生きている意味を感じられないのなら、私がいつでも言ってあげる。あなたが生まれてきてくれて本当によかった。大歓迎よ、Welcomeよ。みんなそう思ってるよ」になろう。

この歌を聞いて、何人もの若者が泣き崩れ、生きる力を取り戻したという。

    

中島みゆきの「命の別名」という歌の歌詞にもドキリとさせるものがある。

 

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何かの足しにもなれずに生きて

何にもなれずに消えて行く

僕がいることを喜ぶ人が

どこかにいてほしい

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最初の「何かの足しにもなれずに生きて 何にもなれずに消えて行く」では、私は自分のことを言われているのかと思った。ぼやっと生きている私自身への、中島みゆきの痛烈なパンチかと思った。

しかし、あとに続くサビには「命に付く名前を「心」と呼ぶ 名もなき君にも 名もなき僕にも」とあり、中島みゆきは、名前なんかなくてもいい、命とつながる「心」が大切なのだと歌っている。

 

中島みゆきは60代半ばを過ぎて、依然独身である。才能と美貌と、そしてお金にも恵まれている彼女が、弱い人間のはかなさ、つらさを深く理解し、歌い上げているのだから、やはり異才というほかないだろう。心の熱い、相手への思いやりの深い人であることには間違いないだろう。