304)★日本語(文法)ものがたり40「とりあえずビール!」

                 

 

 最近のテレビコマーシャルで、お客さんが生ビールを注文する場面がある。(サントリー生ビール)

 

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<居酒屋で。店員が注文を取りに来る。>

男店員:いらっしゃいませ。何しましょうか。

客:・・・とりあえず生で。

男店員:はい。

 

          

 

<その場面のあと、男店員が客に言う。>

男店員:「「とりあえず」って言い方、生ビールにかわいそうです。「とりあえず」には、「生くらいでいいやあ!」っていう妥協、感じます。生ビールってもっとすごいやつですから。」

 

 そして、そのあと、コマーシャルがもう一度放映される。

 

男店員:ご注文は?

客:・・・ものすごく生をください。

 

     

 

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 皆さんにはこの小会話の意味(面白さ)がお分かりだろうか?

 

 この会話では、「とりあえず」という表現が意味を持っている。

「とりあえず」は文法的には副詞句として、動詞や形容詞、また文全体を説明する。

意味的には、「十分な対処は後廻しにして、暫定的に対応するさま。なにはさておき」となる。

 

例文:とりあえずこれだけはしておかなければならない」「とりあえずお知らせ申し上げます」(以上『大辞林』)

 

他の表現としては、「まず」「差し当って」「ともかくも」「他のことはあとまわしにして」「取り急ぎ」「最終的にどうするかは別問題として」「応急の措置として」などが挙げられる。

 

 最初の会話では、店員が、おいしい生ビールに対して「とりあえず(暫定的に)」と言った客をいさめ、生ビールのおいしさを伝える。それに対してあとの会話では、客が、「分かった。「とりあえず」ではなく、「本当に心から」生ビールをください。」と言い直している。

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 日本人は「とりあえず」のような決定を先延ばしするような表現を好む。

「この場はこの場のままにしておいて、先を進もう」というような、「事を荒立てない、内内にしておこう」という日本人としての気持ちがあるのであろうか。

 こういう表現は外国人には難しい。日本人の気質や国民性が分からないと、外国人には理解しにくいかもしれない。

 

「とりあえず」のコマーシャルは、私に一人の外国人の友人を思い出させた。彼女の間違いは、「とりあえず」の使い方の、もっと表面的な事柄ではあるが、ここで紹介したいと思う。

       

 

 イギリス人のエリザベス(仮名)は愛知県の某市役所に勤めていた。英語の翻訳や通訳が主な仕事であった。彼女の課の人達は時々そろって飲み会に行くことがあった。そんな時は彼女も誘われた。彼女は日本語があまり得意ではなかったが、彼ら日本人が居酒屋(焼き鳥屋)に入って店員に発する言葉が、「とりあえずビール2、3本!」であった。

 

        イラスト焼き鳥屋 に対する画像結果

 

 彼女は何度も何度もそれを聞かされていた。「とりあえず」「とりあえず」・・・ああ、今日もまた言った・・・。

 

 ある時、ロンドンの両親が日本に観光に来ることが決まった。彼女は、両親を、いつも連れて行ってもらっている居酒屋に連れていくことにした。鶏肉は両親も好きな料理だ。

 

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店員:いらっしゃいませ。何にしましょう。

 

店員が言った。彼女は迷わず答えた。

 

エリザベス:とりあえずを5、6本ください。

店員:???

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 店員は最初はピンと来なかったようだ。店員の戸惑った顔を見て、彼女のほうも戸惑った。

 彼女は思った。「「とりあえず」って、焼き鳥の名前じゃないの?」

 

 彼女は「とりあえず」を焼き鳥の名前だと思っていた。「とりあえず」には「とり」という音が入っていたし、日本人はしょっちゅう「とりあえず」「とりあえず」と言うから、それは焼き鳥の名前だと思い込んでしまったらしい。

 

         

 

 この話は、「とり」という言葉・発音から来る誤りではあるが、もう少し突き詰めるなら、「とりあえず」とまずは言って事を済ませ、次に進もうとする日本人の習慣・国民性が、外国人であるエリザベスに理解できなかったし、想像できなかったためではないであろうか。