もし、「きのう聞いた一番遠くの音は何ですか?」と聞かれたら、あなたはどう答えますか。
私なら、何だったっけなあ? と、しばらく答えられず、「あ、そうだ。公園のカラスの声だ」などと答えるかもしれない。
それぐらい、音のことははっきりとは思い出せない。
この質問をするのは、大阪市立大学特任教授の中川真氏である。氏は日本の音楽学者、作曲家、サウンドアート、サウンドスケープ研究者である。
「景色・景観」というのが英語のlandscapeランドスケープなので、そこからsoundscapeサウンドスケープ「音の風景」という言葉が作られた。
中川氏は、「平安京の音を聞く『サウンドスケープ』の世界へ」という研究・活動を行っている。
はるか昔の平安京のころは、今と比べて周囲は非常に静かだったらしい。シーンとした静けさがあった。
遠い鹿児島の桜島の爆発音が聞こえてくる。下賀茂神社泉川のほとりの雨の音、風の音、カラスや鳩の鳴き声、糺(ただす)の森では平安京以前の森の音を残していたという。
私達現代人は、ふだん、どんな音を聞いているか?
朝は目覚まし時計の音で目を覚まし、階段をぎしぎし、がたがた言わせて下に降りる。まずストーブをつけると、ゴーという発火音・燃焼音。台所では水を出す音、冷蔵庫の四六時中出ているゴーという音、ガスに火をつける音、ガスの燃える音。
炊飯器がご飯が炊けたことを知らせるピーピー音、冷蔵庫のドア開けっ放しを知らせるブザー。電子レンジの終了時間を告げるピーッという音などなど・・・。
朝のひと時だけでも私達はたくさんの音に包まれている。
昔は、「京都西の神護寺、北の大徳寺、東の高台寺、中央の知恩院、南の西本願寺などの『梵鐘』の音が聞こえてきた。ひびが入っているために強く打てない鐘、柔らかく低めに響く音、少し高い音、つぶれたような低めの太い音、カーンという高い音など、国宝級の『梵鐘』の音も千差万別であった。
中川氏は、町の騒音や、様々な機器のアラーム音などで、耳が鈍感になっている現代人に、音の散歩を勧めている。
音の散歩、つまり、サウンドウォークsoundwalkである。サウンドウォークをして、音を見つけてみようと提唱しておられる。
町の音を聞きながら歩く。ふだん気にしていない音に注目(注耳?)して、散歩してみるということだ。
また、詩や絵画や、文芸(小説、詩など)の中に描かれるものやことから、音を探る、音をたぐり寄せることも勧めておられる。
それは面白いかもしれない。音だけに注目した時間・・・。どんな世界が開けるのだろうか?
まだ実行はしていないけれど、何かワクワクするような感じがする。
そんな生活をしていたら、「きのう聞いた一番遠くの音は何ですか?」という問いにもすぐに答えられるのかもしれない。