158)薬の話

 前回は、「自然が作った青いビーム」という童話を紹介させていただきました。ご好評(?)につき、今回も童話をお送りします。題は「薬の話」です。

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 僕たちは薬軍団。ほら、病気の人や体調のすぐれない人が飲んだり、塗ったり、注射したりする「薬」の集まりだ。

 大阪のおじいちゃんは今90歳。どこかの小さい会社の社長さんだったけど、今はいろいろな病気をかかえて、入退院を繰り返している。       

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 おじいちゃんはM病院に通っていたときには、9種類の薬を飲んでいた。心臓の薬、肺の薬、腎臓の薬、糖尿病の薬、目の薬で、病気によっては2種類の薬を飲まなければならないので量が多くなる。

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 でも、おじいちゃんはすごくまじめな人で、朝昼晩,、薬を欠かしたことがない。僕たち薬軍団はカプセルに入っていたり、錠剤であったり、びんに入っていたりする。

おばあちゃんが食後に水を持って来て、薬をおじいちゃんの前に置く。おじいちゃんは、「これは糖尿病の薬だね」と僕たちをしみじみ眺めながら、ゆっくり飲む。まるで楽しんで飲んでいるみたいで、薬軍団の僕たちはうれしくなる。

 それが半年ぐらい続いたろうか。おじいちゃんの体が少し変になってきた。一番目立つのはおじいちゃんが頭を左右に揺らし始めたことだ。ご飯を食べるときも、人と話すときも、頭が安定せず、くねくねと動く。

 同時に、おじいちゃんの右手も揺れ始めた。はしを持つことはできるが、手が動くので、食べ物をなかなか口に持って行くことができない。

 家族の皆も心配して何の病気だろうと話すが、なかなか分からない。中には「パーキンソン病じゃないか」と言う人もいた。 

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 おじいちゃんの頭や手の揺れは、少しずつ少しずつひどくなっていった。

あるときM病院の主治医の先生が、「別の病院で診てもらってはどうですか」と提案した。おじいちゃんはM病院から歩いて十分ほどの、中川の土手のすぐそばの病院で診てもらうことになった。

 あとから聞いたのだけど、それは精神科の病院だということだった。

 

 そこの先生はおじいちゃんの様子をじっと見て、そして、「今どんな薬を飲んでいるか」と聞いた。おばあちゃんが、僕たち薬軍団の9種類の薬を見せた。先生は僕たちを手に取って見ていたが、やがて僕たちの名前を1つずつパソコンに打ち込んでいった。

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 先生はパソコンを見ながら、しばらく考えている様子だったが、突然、「今日から薬をやめましょう」と言った。おじいちゃんもおばあちゃんも驚いたようだったが、僕たち薬軍団もびっくりした。「えー、僕たち何も悪いことしていないのに・・・」

 

「全部ですか?」とおばあちゃんが聞いた。

 

先生は「はい、全部やめてみましょう」とはっきり言った。

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 おじいちゃんがその病院に入院してから2、3か月が過ぎた。

 おじいちゃんに少しずつ変化が出てきたのだ。おじいちゃんの頭振りが小さくなった。手の揺れも小さくなった。

 それから、2か月3か月と進むうちに、おじいちゃんは頭を振らずに、人と目を合わせて話すようになった。食べ物はときどきまだこぼすけれど、だんだん上手に食べられるようになってきた。

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 おばあちゃんは、おじいちゃんの薬を家に持って帰った。先生は「要らない」と言ったけれど、今までお世話になった薬だ。僕たちは家のおじいちゃんの薬箱に戻された。  

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 おばあちゃんは僕たちの入った袋を大事になでながら、「今までありがとうね。

また、必要になったらお願いしますね」と言った。そして、「でも嘘みたいだね。薬を飲まなかったら、首振りが止まってしまうなんて。本当かねえ?」と僕たちに話しかけた。

 僕たちもキツネにだまされたみたいだった。

「僕たちは本当は役に立たないものなんだろうか?」

 

 僕たちはとても悲しく感じた。おばあちゃんは薬の袋をなでていたが、僕たちの声が聞こえたのか、一人話を始めた。

 

「戦争が終わったときには何もかも焼け出されて、無一文になってしまったんだよ。お父さんは会社を始めたばかりだったし、子供は5人いたし、貧乏暮らしだったんだよ」

 

 おばあちゃんは話を続ける。僕たち薬軍団は黙って聞いている。

 

「女の子が4人で、その下に男の子が生まれてね。皆すごく喜んだんだけど、その子が1歳のとき肺炎にかかって、死んでしまったんだよ」

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「その子は女の子みたいに優しい顔をしていてね。でも、どうもしてやれなかった。

ペニシリンが手に入れば死ななくても済んだんだけど、買えなくてね」

 

 ペニシリン?  肺炎によく効くと言われている、戦争のころに発明された僕たちの仲間だと、薬軍団の1人が言った。

 僕たちは静かにおばあちゃんの話を聞いていた。おじいちゃんには僕たちは不要になったけど、でも、亡くなった男の子にはペニシリンは絶対に必要だった・・・。

 僕たちは薬って不思議なものだと思った。

 

 おばあちゃんは僕たちを薬箱に入れて、「また役に立ってもらうときがあるかもしれないからね」と言って、ふたを閉めた。

 薬箱の中はいつも通り真っ暗になった。

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