74)車椅子の女性

東京都千代田区秋葉原と、茨城県つくば市を結ぶ「TXつくばエクスプレス」に乗っていたときのことである。

TXは首都圏新都市鉄道の通勤電車路線として2005年に開通した。それまでは常磐線しかなかったため、つくば市の、またその沿線の住民にとっては、東京へ短時間で出られる、待ちに待った通勤電車路線であった。

その日、私は用足しの帰りで秋葉原駅から守谷駅行の電車に乗り、先頭車両の運転席に近い座席に座っていた。運転席の窓から電車が超スピードで進んでいくのがよくわかる。TXはほとんどの部分が高架を走っている。線路がどんどん進み、線路によって分けられた景色が、左右にどんどん飛んでいく。

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秋葉原からいくつかの駅が過ぎて、スマホを見ていた私のそばがざわざわとした。人の出入りがあった。私はメール作成に夢中であまり見ていなかったが、どうも車椅子の女性が乗り込んできたようだ。車椅子が入れるように、運転席の後ろにいた乗客たちが場所を移動したらしい。

車椅子の女性は40代半ばぐらいの、ややがっちりした体形をしていた。車内はそれ以上の騒ぎはなく、電車は順調に進んでいった。途中の南流山駅は他の線にも通じているので多くの人が降りる。ホームの上は少し込み合っている。そして、そのまま電車は次の駅に向かった。

私が乗っていた電車は南流山駅から4つ目の守谷駅止まりであった。守谷駅の先のつくば方面に行くには、守谷駅かそれまでの駅でつくば駅行に乗り換えておく必要がある。

南流山駅より2つ目先の柏の葉キャンパス駅に電車が着いた。そのときまた動きがあった。

ふっと見上げた私の目に、車椅子の女性の動きが鋭く突き刺さってきた。彼女は今から何かをやるぞという気配を見せていた。私は彼女の動きに釘付けになった。

柏の葉キャンパス駅に着く前に、彼女は自分で車椅子の方向を変えた。ドアに向かうのではなく、自分の背中にドアが来るような形になった。つまりドアに対してうしろ向きになったのである。

そのため、私と彼女は、2メートルほど離れていたが、面と向かう形になった。彼女は私には関係なく、彼女自身の仕事を始めた。うしろを振り返り、自分の車椅子がドアの真うしろにあることを確かめ、自分が持っていた傘で車椅子とドアの距離を測った。大きな修正をしなくても自分の思ったところに車椅子は位置していたようだ。

その後彼女は自分の持ち物をきちんと胸とお腹の間におさめた。

彼女のそばには誰もいなかった。さっきまでいた人たちが彼女の周りに空間を作ってあげていた。

電車が柏の葉キャンパス駅に着いた。電車が止まった。ドアが開いた。私は吸い込まれるように彼女を見ていた。彼女はもう一度後ろを振り返り、安全を確認すると、両手で強く車椅子の外輪を回転させた。(車椅子は手動式で、乗っている人が自分で車輪の外側に付いている「外輪」を回して移動する。)

車椅子はややスピードを帯びて、開いているドアに向かってバックしていった。

彼女はスピードを落とさなかった。力強く外輪を回し、そのまま電車とホームの隙間を越えて、ホームへ乗り移った。車椅子はうしろ向きにまっすぐにホームの真ん中まで来た。真ん中まで来たとき彼女は左右を見渡して、自分の車椅子を止めた。

私はびっくりした。びっくりするだけでなく、その迷いのない断固とした動きに、呆気にとられた。心の中で叫んだ。

「え~っ、うしろ向きに車椅子で電車とホームの隙間を飛び越えるんだよ! そしてプラットホームに着地して、ホーム中央でぴたりと止めるんだよ!」

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ホームに着地した彼女は、素早く車椅子の方向を転換させた。一回転させて、今まで乘っていた電車の向かい側に来る電車を待った。

しばらくすると、彼女の前につくば駅行が到着した。そして、彼女の真ん前で、電車のドアが開いた。彼女は外輪を回して、何事もなく、電車に乗り込んでいった。

プラットホームの彼女の着地辺りには、先頭車両ということもあって人があまりいなかった。彼女はすべてを計算していたにちがいない。人がいない先頭車両を選んで、人の少ないプラットホームの真ん中に飛び降りる。そして方向転換をすると、そこは乗り継ぎ電車のドアの真ん前である。

彼女の車椅子による乗り換えは今回が初めてではなく、何度も同じことを経験済みの、慣れた感じもあった。彼女は必死な表情は見せなかったし、むしろ、軽々とやってのけたという印象を与えた。

 

すごいな、ここにもすごい女性がいるんだな、でも、危なくないのかな?と思いながら、家に帰ったら、車椅子女性の離れ業を、一番に夫に報告しなきゃあと考えていた。